そう言う趣味ないけど、僕の上に霊が?

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 昨夜、めったにない経験をしたので、ゲリキャン白書は中断してそのことを書きたい。

 昨夜、寝たのは12時過ぎだった。帰宅したのは11時過ぎていて、その前の日も遅かったのでヤバイのでシャワーだけ浴びて即寝た。食事は、会社の近くで済ませていた。これも機会があったら別途書くけど、最近、就寝直前の食事はやめている。

 そして。

 「それ」は起こった。

 夜中、自分の身体が「おかしい」ことに気づいてなのか、起きたら「そう」だったのか。とにかくいったん寝入ったのだが意識が戻される羽目になった。

 僕の上に人が乗っている、のである。

 それも、4、5人はいる。

 ただ、乗っているだけじゃない。僕を押さえつけている。

 こういうのをオカルトと呼ぶのかどうかよく知らないままに、ここではそう呼ぶことにするが、僕にはそう言う趣味はない。なので、そう言うことに対してはまず否定的になる。しかし、確実に人だ。両手首を完全に「握られて」いる。僕の足には、「そいつら」の足が絡みついている。確実にそう言う「感覚」がある。

 たぶん、谷亮子に縦四方固めとかされたらこんな感じなんだろう。まったく動けない。力も入らない。しかし、明らかに人の足が絡まっている感覚だ。

なんだ、この家、何か「いる」のかぁ?

 意外と冷静だった。

 今から振り返ると眼は開けていなかったように思えるが、その時は隣で寝ているKとカス子氏とピパ子氏が見えていた。或いは心の目で見ていただけかもしれぬ。とにかく、見えた。みんな何食わぬ様子で寝ていた。それが、パニックにならずに済んだのだと思う。意外と冷静だった。

 そんなはずはない。絶対に動くはず。どこか、動かせるところを探すんだ。

 今から振り返ると、寝ていたのかもしれない。つまり夢の中ということになるのだが、意志はあった。

 僕は、夢の中でも意外と「自分」があって、やりたいと思うことがコントロールできるケースが多い。これは夢だ。だから起きよう。と思って起きることもできる。

 寝ているかどうかも判然としないが、とにかく動かせる場所を探した。しかし、ダメだ。他人の身体みたいだ。ただ、冷静になってみても、手首に感じるのは人が握りしめている感覚であることは間違いない。身体にも何人もの体重がかかり、足にもまだ誰かが絡みついていた。

 これは本当にすごい。冷静に何度も間違いないか確認しても、確実にそうだからである。こんなことは今までに一度もない。

 しかし、こんなこと、あるわけがない。絶対に、ない!

 ようやく動く場所を見つけた。顔だ。顔を逆向きにすることができた。反対は壁だ。折り重なる人影でも映っていたら失神するかもしれないとも思ったが、そう言うことはなかった。

 手が少し言うことを聞くようになった。すると、手首を押さえつけていた「力」が徐々に抜け、やがて自分のコントロール下に帰って来た。足も、ようやく動き始めた。上に乗っている「人」が、一人、また一人と減っていくようだった。それまで人の足が絡まっているような感覚は消え、正座した後のような足のしびれに変わっていた。自分のものでないような感覚はあったが、さっきのように人に押さえつけられているというものではなくなっていた。

 そして、自由が訪れた。僕の四肢は全て、持ち主である僕に返還された。

 直ぐに見たのは携帯だった。理由は分からないがとにかく時間を知りたかった。12時28分。寝始めてから20分くらいしか経っていない。

 起き上った。誰もいない。廊下に出て明かりをつける。当然、誰もいない。確実に現実に戻った。

 冷静にさっきのことを振り返ってみる。

 そうすると、たぶん、寝入って間もないまだ眠りの浅い時で、おそらく意識より少しだけ体の方が先に寝てしまったのではないだろうか。脳は寝ている間も活動している。

 わずかに意識はあるが、体はそれを受け付けてくれないのでまるで誰かに押さえつけられているように感じたのだろう。良く、自分の腕を体で踏んづけて寝てしまうと、後で指先が他人のものになったような感覚になるが、あの感覚に極めて近い。

 しかし、僕はそう言うのをを絶対に信じないという強い信念があったのにこうだから、信じている人は確実に「霊」だと思ったと思う。そのくらいリアルに「人」だった。そんなはずはないと思って再度意識を集中させても、「人」だった。

 これは本当にどう説明したらいいのか分からないが、脳は結構勝手で、理由の分からないものを自分の経験で納得するように事実を捻じ曲げてしまうことがあるのだという。この辺の話は、池谷裕二・糸井重里の「海馬」あたりを読むと詳しく書いてあるので、専門家の裏付けが欲しい人は参照するとよいだろう。

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

 それに倣えば、何だ理解できない重みを、「人に捕まえられている」と処理してつじつまを合わせようとした結果なのかもしれない。

 その後、またなるのではないか、という恐怖を感じることはなかった。自分の中で、正体のつじつまが合ったからだと思う。それはやはり、脳の仕業であって、決して僕の上に「誰か」が乗っていたわけではないからである。

 たぶん...。

 

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