2012年4月アーカイブ

 Kの誕生日プレゼントに、Nintendo3DSをプレゼントすることになった。

 こういうのはあまりにも定番過ぎて僕はあまり好まないのだが、ピパ子氏はそうと決めていたようで、そこに対してあまり言ってもケンカになるだけなので折れた。こうしたモメゴトにたいして、僕は相当折れているつもりでいるが、向こうにはそれが伝わっていないらしい。人は皆、自分が我慢したことをよく覚えていて、要求が通ったことはそれほど印象には残らない。

 無論、それは僕にも言えることである。

 愚痴になった。で、3DSである。僕はたいして興味もなかったのでいくらなのかも知らなかったが、1万4千ナンボで買えるんだな。ゲームソフトは3000円台位から買えちゃう。これは絶妙の価格設定だと思う。ちょっとマトモな所でメシでも食えば1万4千円なんてすぐに行っちゃうし、会社の飲み会でもソフト代以上の会費を取られる。

 大人の生活の中では良くある値段で、これなら「誕生日プレゼント何にしようかな」とか迷った時に考えて探している時間を費やす方がよほどもったいないとなれば、DSの「ソフトでいいや」って話になるのは十分に理解できる。

 結果、ソフトが良く売れる。

 で、お父さんからも何か一本ソフトを、ということになった。そういうことなら、と僕は1も2もなく、迷うことなく、買ってきたのは「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち」である。本体は3DSだが、このソフトはDS用。しかし、そんなことは関係ない。

 父から子へ、自信を持って渡せるのは、ドラクエである。その中でも、僕がプレイした中で、最も最高傑作としている「4」を買い与えた。

 僕は、ドラクエを2、1、3、4、5、6...の順にプレイした。2をやったのは中学1年のときである。7もやったかもしれないが、やる暇もほとんどなく、全く覚えていない。しかし、5位まではかなりやって、1~4に至っては、脳味噌がとろけてハナから出てくるくらいに、やった。

 ドラクエシリーズの何が最もいいか、という議論は人によることは十分に理解している。同じゲームでもファミコンと他のゲーム機とでは評価が異なるであろう。プレイした時のプレイヤーの年齢や時代にも関係する。

 しかし、僕の中ではとにかく、4なのだ。

 なぜか。一言で言えば、ストーリーということになる。ドラクエ4は単純な勧善懲悪の話ではない。ゲームのごく初期の段階から、最終ボスと対面し、その影を常に追いながら話が進んで行く。 

 最初は人間を苦しめる魔物を倒し、ヒーローとして成長していくわけだが、やがて自分たち人間の犯して来た「悪」に気づく。魔物から見れば、人間もまた、実に卑怯な存在なのだと。

 しかしながら、人間が発見したとある技術を魔物が盗み出して悪用し、人間への復讐へと備え、驚くべき早さで成長していく。

 阻止すべきは、その技術であり、人間と魔物がお互いの領域を守って生活していく世界を取り戻すべきと分かりながら、事態は手遅れとなり、ずっと追い続けてきたボスとの戦いになっていく。

 クリアした時、喜びとともに、一抹の寂しさが心をよぎる。自分たちは正義なんかじゃない、と。

 だから、ゲーム中の曲には、どことなく物悲しさが漂う。ふとした過去の苦い思い出がよぎったときのような、ためらいがあり、それを振り切って前進する主人公の姿を強く感じる。ドラクエはまた、音楽も最高なのだ。

 さらに、カジノなどという現実逃避の場も用意され、ゲームの中に人生そのものを描ききった感がある。プレイヤーはその中を自分のペースで旅することができるのだ。

 ストーリー、音楽、イラスト。それぞれ、堀井雄二、すぎやまこういち、鳥山明という天才たちの紡ぎ出す芸術であり、文化なのだ。ゲームという言葉で終わらすべき作品ではない。

 それだけアツい想いがあるので、Kはもう大変である。

 「K、ここからのセリフは早く送るんじゃない!なぜ、ピサロは黄金の腕輪が必要だったんだ?それがわかるか?」

 「だー、外に出たらまず曲を一周聴きなさい!だから、4章の曲はこれで終わりじゃなくてまだ先が、あ・る・の!そこからがいいんじゃないか!ホラ敵が出てきちゃった、まぁいい、4章の戦闘の曲は...」

 「なに、なぜ勝手に5章に入ってしまったんだ、5章に入るときはお父さんと一緒の時だとあれほど言っただろう?シンシア覚えてるか?ゲームの最初に出て来ただろ?K、シンシアは5章の最初どうしてくれたんだ?言ってみなさい!」

DSC03486_.JPG まさに、教育なのである。

 ちなみに、上記のドラクエ4のストーリーは多分に僕の解釈が含まれている。ファミコン版のドラクエではそこまで細かくストーリーは語ってくれない。感じるのである。粗いドット絵と少ない言葉ではあるが、そこは何度もプレイしているうちに、作者と対話が成立し、おそらくそう伝えたかったのであろう想像するのである。

 その想像の余地があるところがドラクエの良さでもあったのだが、DSでは表現力がアップしたためにその部分がだいぶ減ってしまっているのが残念だ。

 しかし、Kがやっているのを見て、当時の感動が再びよみがえってくるのをビンビン感じる。僕がドラクエ4をやったのは高校の時だが、あれから20年。ドラクエはわが子に引き継がれた。ドラクエは自分の子供に伝えたい作品だと、その時漠然と思ったものだが、そういうことが、またひとつ、実現された。 

 以下の日記は、ほとんど書き終えたままなぜかアップせずに残っていたものを、今日アップするものである。かれこれ3週間前の話である。

 ***

 土曜日(筆者注:4月7日のこと)、負傷したバモスの状態を見に前橋まで行って来た。高速を使って。時間も費やして。

 公道は戦場である。戦場は不条理だ。そこに赴く以上、こうしたリスクは覚悟しなければならない。自分と家族を守れるのは結局自分しかいない。全てを回復しようとも思っていない。カーライフとはそれと引き換えに得ている利便性や悦びだし、その気概が生む自信だと理解している。

 結果的に14万ナンボしか出ないということだから、修復に大きく費用がかかるようであれば買い替えなければならない。直すと言うなら与えられた予算でどこを直し、どこを我慢するか。これは状態を見なければ分らないからである。

 前橋ICを降りた後、事故現場から10km程度離れた所にあるその修理工場を探すのに少々難儀した。昼前に到着し、修理担当の方とお会いした。電話で何度か話している方。その時から感じのいい人だとは思っていたが、ちょっと軽い営業的なニュアンスも感じていた。しかし、会ってみるとそう言うのもなく、信頼できそうな方だったので安心した。

 30前後の方だと思うが、この歳になると大体自分のやってきたことが外見に出るよな。人はそれを瞬時に読み取って、それはそのあとの商談に影響すると思う。

 人は外見じゃない、って言うけど、やはり、最初の10秒くらいである程度判断されているのは間違いない。そしてそのフィルターをかけられた状態でその後の商談が進むことになる。そうしていく中で、最初の10秒の判断が修正されて行くこともあると思うけど、外見が悪ければ、マイナススタートになってしまうわけだから、やっぱ、見た目ってのは大事だよな。今回のように、そう長く話し込むことなく、お付き合いが終わっていくケースであればなおのこと。外見でできたマイナスイメージを修復する間もなく、商談の結果が出されて行くこともあるんだから。

 よく、「人を外見で判断しないで欲しい」って面と向かって直接言うヤツがいるが、悪いがそれは甘い。それは結局、外見も中身もどっちもないヤツの言うことだ。その本人も含めて人はほとんどの情報を目から得ている。本能的に危険を察知するため、その判断は瞬時に下されるのである。

 だいたい外見で判断しないで欲しいって本気で思っている人なら、例え外見でマイナス評価を得たとしても、わずかの短時間で修復できるだけの超強力な内面を持つ努力を既にしている。口に出して頼むことじゃない。

 バモスはバンパーが外され、事故の影響がどこまで及んでいるのかが看て取れる状態にされていた。

 見て思ったのは、意外にも被害が少なかったということ。衝撃が少なかったのもうなづける。当たったと言ってもバンパーとタイヤの外側半分くらいの所であって、レインホースメント(バンパーの内側にある、バンパーを支える骨)は外していた。当たったのはバンパーと前面パネル、フェンダー、タイヤであって、言ってみれば表皮にすぎない。

 アーム類もアライメントの狂いはあるだろうが、外見的な損傷はない。担当の方も調整の範囲で済むだろう、とのこと。

 後は、バンパーやフェンダーが曲がったことによってピラーの一部などに傷を付けているくらいで、切り傷、擦り傷、打撲はあるが、骨折まではしていないという感じ。

 僕は、やった、と思った。

 何が?

 誰も気づいてもくれないから、ここは僕のサイトだから100%自己中の好き勝手書くことにするけど、僕は峠を走ったり、サーキットに行ったりして積み重ねたことが、この結果に大きく関与していると思う。何が言いたいかと言うと、ムダではなかった、ということだ。

 後から写真を見て思ったが、事故現場にはバモスのタイヤ痕はあるものの、舵もきちんと利いていることが路面にはしっかりと残されていた。緊急時、とくに素人はハンドルで回避するのではなく、まず、何よりブレーキなのだということ。

 その上で、車の姿勢を乱すような急ハンドルではなく、残されたタイヤのキャパの中で対応できる量のハンドル操作で回避を行っている。それは何より、ハンドルを切った先には歩道ブロックがあり、次の操作を要求されていることを視野に入れていたからである。

 歩道には歩行者がいたかどうかは確認する暇がなかったが、とにかく歩道には絶対に突っ込んではいけないという意識が常にあって、今回もそれは働いた。歩道に突っ込んでもし、そこに歩行者に突っ込んだとなれば、車同士の事故とはレベルが全く異なってしまうからだ。

 結果、車には当たったが、歩道ブロックを回避して、バモスは正常に停止した。

 そして今、バモスの損傷も最小限に抑えられていたということが判明したのである。 

 僕は、峠で何度コースアウトしたか知らない。ガードレールにも何度となく車体を当ててて来た。路上スピンで無傷、というのならもっと多い。そうした中で僕が学んだことは、何も起こさずに帰ることはもちろんとして、緊急時でも先ず何とかして車道に残ること、そして自走で帰れる状態を確保することである。それが結果として、公道最速なのだと僕は信じている。

 今回はそれを実践できたと思う。泥除けは干渉していたが、自走できない状態でもなかった。今回それが証明された。

 ということで、リビルド品などを使用して、何とか保険で出る範囲以内に抑えてくれるとのこと。それは、車体側面に前から後ろまでしっかり付いた傷まで直して、とのこと。30万オーバーの見積もりは新品交換を基本としたのものだが、磨きと再塗装でかなりきれいになるという。側面は何もできずともやむなし、と考えていたので、そこまでしてくれるのであればそれはサプライズである。

 塗装もあるので、修理には2~3週間かかるとのこと。今、マーチを早う返せとJAから言われていて、そこはまた若干面倒だが...。1か月近く借りるわけだから、金額も相当なものになるし、しょうがないけどな。でも、我々としても、10:0ということからすれば、落ち度はないとなったわけで、それなのにすでにこれだけ時間とカネを費やしているわけだから、そこは主張しないとね。

 バモスはレッカーで運ばれてしまったので、ピパ子氏が生活に使用する車がない。どうしたもんかと思っていたら、相手方の保険屋から連絡があり、レンタカーを貸してくれるという。

 実は最初電話だけのやりとりで、軽自動車がいいと言ったらステラか商用のアクティバンのどちらかと言われたので、バモスと同じ車体のアクティバンを指名した。しかし、来てみたら、後部座席にシートベルトがなく、車検証の乗車定員の欄には「2(4)名」などと見たこともない表記がなされていた。おそらく通常は2名で、やむを得ない場合のみ、緊急的に4名が認められるという意味であろう。

 うちの場合は、Kやカス子氏も同情するケースが多いので、これではよろしくない。ヘッドレストもなく、事故に遭ったばかりの我々としては精神衛生上も良くなかった。

 事故に遭ったのが群馬県の伊勢崎市内で、保険屋もみどり市ということもあり、対応したレンタカー屋は桐生にあった。このアクティバンも桐生からはるばる持ってきてくれたのに、またもや交換誌というのも少々気が引けたが、一応相談してみると快く別の車を持って来てくれるという。

 しかしながら今は軽自動車は出払っていて、小さいやつだとマーチしかないという。

 「入るかなぁ...?」

 目下の心配はそこにあった。そう、うちの敷地に入るまでには、復員2m以下の所が何か所もある道を通過しなければならないのだ。否、正確に言えば入ることは間違いない。しかしながら、180SXなどの場合は、やはり少々生垣などにこすりながらの出入りとなっている。お借りした車を傷だらけにするわけにはいかぬ。そのことであった。しかし、それしかないというのであれば仕方ない。自分たちが対応できるのもその日しかなく、一か八か受けることにした。

 決めてから遅まきながら調べてみるとマーチの車幅は1660mm。180SXは1695mmだから、約3.5cmマーチの方が小さいことになる。まぁ何とかなるだろう。

 そして。

 レンタカー屋は難なく自宅の前まで持ってきて、アクティバンに乗り換えると、足早に去って行った。家の前の狭さなどに関しては特に話題とはならなかった。

 

DSC03362_.jpg 「ちょっとし運転してみるか。」

 車幅を調べた時にマーチについて日産のホームページで少々調べてみた。プッシュボタン式のエンジンスターターや、アイドリングストップの機能を備えているようである。僕はもちろん、ピパ子氏も始めてである。

 キーを持って、ボタンを押せばエンジンがかかるんだろう。

 そう思ってやってみたが、まったくエンジンが始動しない。車内の電源関係はつくのだが、一向にエンジンが始動しない。アイドリングストップ機能で、アクセルを踏まないとエンジンがかからないのかもと思い、電源ONと思われる状態でアクセルを踏んでみたりしたが全く動かない。

 「ちょっと、取説見るか?!」

 一応車好きの末席くらいには座っていると思っていた僕であったが、エンジンを始動できずに取扱説明書を見るというのは初めてのことである。

 「えーと、エンジンの掛け方は...?」

 少々の、不安があった。たとえば冷蔵庫を買った時、取説に冷蔵庫の開け方のページがあるだろうか?僕にとって車のエンジンの掛け方というのは、それに近い印象があったのである。

 しかし、ちゃんと、あった。

 どうやら、ブレーキを踏みながらエンジンボタンを押すようである。聞いてみれば拍子抜けだ。さっき色々やったときに、偶然やっていてもおかしくないレベルの操作である。しかし、かかっていないのだからやっていないのだろう。無論、そのとおりに操作したらエンジンはかかった。

 キーを入れて捻るという、いわゆる僕らの常識であった内燃機関を備えた乗り物の一連の始動の儀式がなく、まるで家電のような始動方法。違和感があったが、実は今となってはそうでもなくなってしまった。ボタンを押して電源を入れる、という行為は僕たちの中にありふれている普通のものだからであろう。

 きっとこの先車が電気で動くようになったら、逆にキーを捻るということの方が、違和感のある操作になるかもしれぬ。

 次に大きなトピックは、アイドリングストップである。走行中に不安に陥ってはいけないと、さっき同時に取説を見てあったので、こちらはそれほど戸惑うことはなかった。

 一言で言えば、時速0km/hになるとエンジンが停止し、ブレーキから足を離すとエンジンが始動する。ただそれだけのことである。厳密に言うと、踏力が緩くなるとエンジンが始動するようで、ちょっと足をゆるめるともうエンジンがかかってしまう。サイドブレーキを引いて、足ブレーキを離したとしても同様。これは逆に、踏み切りや長い信号など、アイドリングストップが効果を出しそうな停止(実際、こうした場面では180SXでも手動でアイドリングストップしている)ではあまり機能してくれない。1分以上の停止期間の間、停止時と同じ踏力でブレーキを踏み続けるというのは結構苦痛で、やろうと思ってもいつの間にか力を緩めてしまい、意図せずエンジンがかかってしまう。

 そういう時は、能動的にエンジンボタンを押して完全にエンジンを切るしかないのだろう。

 

DSC03363_.jpg そう言うこともあり、少々心配に思ったのはセルモーターの寿命である。1回の走行で、普通の車なら行きと帰りの2回しかセルモーターを回すことはない。しかしながら、マーチの場合はその10倍では効かぬ。その日の行程と道路状況によっては、20回、30回と停止と始動を繰り返す。従来品と同じ設計でもつ訳がない。確かに、この者書くにしては大きなバッテリーとセルモーターがついてはいたが。かりそめの車だからまぁいいが、もし購入するとなったら、この部分の説明を聞かないと安心できない。

 あとはまぁ、便利だと思ったのはキーレスエントリー。キーがかばんの奥底にあっても、どこにあるか忘れてしまっても、ドアノブにある小さなボタンを押しながら開ければ、開錠される。このボタンは運転席側のドアとトランクにある。

 ちなみに荷物は全く載らない。バモスの5分の1も無理だろう。サッカーの道具や自転車なども積みたい僕としては、絶対にあり得ない選択だ。

 走りについて全く書いていなかった。走りの方は実は良い方に裏切られた。マーチなどという車には走りは全く求めていなかったが、なかなかどうして結構良く走るということを付け加えておく。先日、ちょっとした山道をこのマーチで走る機会を得たのだが、よく粘るし、狙ったラインは一応走ってくれるし、クリッピング通過後のコーナー途中でバネが不快な戻りをするようなこともない。或いは新車の頃は皆こうなのだろうか。

 だからまぁ、乗ってても結構楽しいんだよね。これでマニュアルだったら、意外と良いかもしれないな。ちなみにギアはCVTで、具体的な選択肢はDとLしかなく、ドライバーが能動的にギアを選択するような機構はない。僕はオートマはそうあるべきだと思っているからこれまた歓迎すべきことである。ギアを変えたきゃマニュアルに乗ればいいわけで、ギアは好きにしたい、でもクラッチは難しい、などというのはワガママでしかない。

 僕の中で、能動的にギアを変えることは、パワーの伝達具合を能動的に変化させられるクラッチとセットなのである。

事故その後

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 多忙の日々はまだ終わらない。

 この行事さえ終われば、と思って頑張っている最中、どんどん次の行事で先が埋まっていく。平日も、休日も同様。やりたいことはどんどん後回しになり、さして重要でないやるべきことが優先されて行く。

 そう言う中、事故と言うのは極めて迷惑な事件である。とかく今回は自分に非がないという点から、降って湧いたまったくの災難にすぎず、そう言う中で時間とカネが奪われるというのは納得がいかない。

 

過失割合は10:0に決定

 「決定」という言葉を使うべきなのか、少々不安が残る。というのも、「今回の事故は10:0です」という、いわゆる判決的な通知がないからだ。「今回はうるふさんの保険を使うことなく処理したいと思います」という言葉だけであって、「それって、いわゆる10:0ということですか」と聞いても、「そうなると思います」という回答のみだからである。

 これは一体どういうことなのかはよく分からない。自分の裁量で、自分の保険を使って「も」良いという意味なのだろうか。

 まあいい。僕はこれから、C級コーチの資格更新講習に行かなければならない。自分のチームの練習にちょっとだけ顔を出してから...。だから余計な事を書いている暇はない。

 ご存じの方も多いかと思うが、10:0になったからと言って、ウチの車の修理代金が全額出るとは限らない。「10」の上限は、ウチの車の時価評価額でしかない。諸経費込みで約50万円だったバモス、走行も9万km近く行っている。僕の見積もった修理代金は30万円。購入当時の値札が40万弱だったから、今の時価が30万もあるわけがない。

 

全損の通告

 結論としては14万7千円というのがバモスの評価額。これが相手の保険屋から出る最大額である。修理代はそれを大きく超えているとのこと。30万以上であることは間違いないということだ。

 全損、である。

 直せない程に請われているというわけではない。自分で金を足して直したければ直すことができる。ただ、保険額だけでは無理、というだけのことだ。

 じゃぁ、14万で別の車が買えるのか?と問えば、それも無理な話である。このバモスに行きつくのも、相当苦労した。数週間の時間を費やしたのち、とても良心的とは言えない中古車屋で、疑心暗鬼で購入した。結果的にとりわけ大きな問題にはぶつからなかったものの、気分の良い買い物では決してなかった。

 また、あれをやるのか?と聞かれれば「NO」と答えたい。直すんだったら、「修理して下さい」の一言で済む。新しいのを買えばまた50万位するだろうが、修理なら30万だ。今まで何度となく180SXを修理に出してきたが、今まで変になって帰ってきたことは一度もない。同じ修理屋に出しているわけではないが、経験的に、修理の方がまだ信頼できる。買い替えは結局高くつく。

 

このあと、どうする?

 結局どうするかは、現物を見て判断することになっている。30万オーバーの修理代は、車体横にわずかにひかれた傷などもすべて修理対象として見積もった結果らしい。今、「安全に走行するための修理」「日常生活が困らないレベルの修理(ドアが開きにくいなど)」「見た目まで完全に修復する修理」と3パターンに分けて見積もってもらっている。

 今回の事故はぶつかったのち、完全にバモスが通過してしまっているため、車体横に前から後ろへ傷が引かれてしまっているのだという。この範囲が広いため、見積額が上がっているのだ。

 したがって、見た目まで意識した修理が除ければ、意外と我慢できるレベルの修理代で済むかもしれない。

 それが我慢できるかどうかの傷なのかは、7日に見に行くことになっている。伊勢崎までね。

 できればもっと早く動きたかったのだが、金曜日は会社を休んでカス子氏の誕生日祝いを兼ねた旅行にいっていたし、今日はさっきもちょっと言ったけどC級コーチの更新講習があるのでダメだ。

 7日を過ぎると、もうその先はシーズンも始まってしまって、また難しくなる。7日にいって、即決ということになるだろう。

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