甲斐駒ケ岳で落雷に遭う

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 少し前の話である。
 夏休みはKと2人で恒例の「探検の旅」に行った。これは、通常の家族旅行では、Kの求めるようなハードな体験がピパ子氏と長女カス子氏はついてこれないという理由で男二人旅が始まったのである。
 Kが小学2年から始めたから今年で3年目になる。

 今年は、日帰りながら本格登山ということで、甲斐駒ケ岳に登った。
 甲斐駒ケ岳は、全国に18ある「○○駒ヶ岳」の中での最高峰となり、標高は2967mある。
 我々は長野県側から入るルートを選択した。交通規制があるので、仙流荘という所から約50分バスに乗り、登山口である北沢峠まで行く。歩きはここからで、我々が登山を開始したのは6時45分。もっとたくさん人がいるのかと思いきや、バスから降りた人のほとんどは反対側にある仙丈ヶ岳の方に行ったようで、甲斐駒ケ岳側の登山道は視界には僕とKしかいないという状況で、時々先行者を追い抜いたり、途中で休んでいると後ろから時々人が来る、というレベルである。
 僕が持っていたガイドブックにあったルートとは逆コースをたどる。北沢峠→双子山(ふたごやま)→駒津峰→甲斐駒ケ岳→摩利四天→駒津峰→仙水峠→仙水小屋→長衛小屋→北沢峠というルートである。深い意味はなかったのだが、バスを降りて目の前のコースを歩きだしたらそうだった、と言うだけの話。
 しかし、多分こっちのルートの方がずっといいと思う。逆回りは仙水峠→駒津峰間が相当な急登が延々続くことになる。我々はそれを下ったわけだが、ガイド本通りのルートだとあれを登ることになるのだがらぞっとする。
 さて、駒津峰まではまぁ、若干急だったが普通の登山である。駒津峰を降りた後、甲斐駒ケ岳になるわけだが、ここからはもろい花崗岩帯で、足元は剥離した小粒の花崗岩が堆積して滑りやすいルートである。

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【駒津峰方面から見た甲斐駒ケ岳直登ルート。この尾根を登る】

 甲斐駒ケ岳は「直登ルート」と「巻き道」があり、「直登ルート」は岩登りである。
 Kはこの、岩登りをしたいわけである。Kの中で探検=岩登りという図式があるらしい。分からんでもない。
 このように願うチビッコにとって甲斐駒ケ岳は大満足の山だと思う。岩登りのレベルは大人でも躊躇するようなポイントはいくつもあるも、よほど突飛な行動をしない限り、二度と助からないところまで滑落するようなところはあまりない。
 大人がきちんと指導すれば、「難しい山だったけど、僕は登れた」といういい達成感と経験をさせられる山だと思う。
 巻き道の方は下りで通ったが、どちらかと言うとこっちの方が滑ってそのままコースアウトとなりそうな箇所ばかりで、ある意味こちらの方が危険では?と思われるところも多かった。ほとんどの人がそうしていると思うが、登りを「直登ルート」、帰りに「巻き道」をとり、摩利四天を経由して駒津峰に戻る、と言うのがいいと思う。

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【下りの「巻き道」。大変滑りやすい】


 さて、甲斐駒ケ岳の登山については、他のサイトに詳しいのがたくさんあるのでそちらを参照されたい。僕とKは標準コースタイムよりもだいぶ早いペースで甲斐駒ケ岳山頂に到達し、もし時間があったら、というつもりでいた摩利支天にも行くことができた。
 先ほど少しふれた駒津峰からの急坂は後半森の中である。少しペース遅めの親子(と言っても子供も多分成人している)が居たが、どうも道を譲ってくれない。帰りのバスにはまだ余裕があったので我々も着かず離れずペースを合わせて下った。太ももと膝がいい加減ヘロヘロになった頃、ようやく仙水峠に出た。

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【仙水峠。岩場がしばらく続く。左に森があるがルートは平行線をたどり、なかなか入ることはできない】


 事件はそこで起こる。

 仙水峠に出ると、それまでの森を抜け、一気に岩場になる。溶岩と思われる黒くてとがった岩が転がる、鬼押し出しを思わせる風景である。色々な人が岩場を縦横無尽に歩いているせいか、ルートが見つけづらい。岩しかないのでコースを示す赤テープもあまりないし、見えにくい。
 足場となる岩についているので、踏まれて落ちてしまっているものも相当あるのだろう。
 ここで、大粒の雨がポツリ、ポツリ、と降り始めた。
 道も開けたので、件の親子をそこでやり過ごす。暫くはペースの遅い雨脚と付き合いながら普通に歩いていたが、徐々に雨脚が強くなって来た。

 そう思ったら変化は速かった。加速度的に雨量が増した。
 左側から森が近付いてきたので、あそこに入れればと思ったが、ルートは無情にも森に向かわない。いつしか僕たちはずぶ濡れになってしまっていた。

 さらに事態を悪くしたのは雷である。

 雷鳴は先ほど歩いてきた駒津峰のルートの方から聞こえていた。雨脚は強かったが、雷はまだ遠かった。急ごうと思ったが、岩場の足元が滑りだした。こんなところで転倒すればつまらないことになる。急ぎつつも慎重に足を進めた。左手に見える森はつかず離れず一定の距離を置いたままで、我々をその中に入れてくれようとはしない。

 と、今度はいきなりこれから行こうとするルートの先でバリバリという爆音が轟き、目をくらますほどの閃光がほとばしる。恐ろしかったのは、雷の音が頭上ではなく、目線の高さで発生したことだ。

 いつしか、視界も悪くなっていた。自分たちが雷雲の只中を彷徨っていることを自覚した。

 そう思った刹那、今度は背後でまた爆音である。バリバリ、ダーン!という、地響きを伴う爆音なのである。しかも、バリバリとダーンが殆ど同時。ついさっき歩いて来たあたりのように感じる。それが自分と同じレベルの高さから聞こえてくるのである。

 次は、自分の目と鼻の先で雷が発生するやもしれぬ。それは、多分誰も見たことのない、雷の発生の瞬間と思われるが、その瞬間自分は電撃に打たれているに違いない。

 突然、恐怖に陥った。軽いパニックになった。進むか、戻るか、どうすれば良いのか分からない。道はこのまま僕とKを岩場に晒したまま続いているのだろうか。いや、この状況下で森の中が安全なのかどうかもわからない。

 そう考えると今度は頭上で再び爆音。同時に地面が揺れる。どこか近くに落ちていることは間違いない。

 僕は、荷物と金属製の持ち物すべてを放棄し、少し離れた岩陰にツエルト1枚で身をひそめることにした。たしか、何かの本にそう書いてあった。

 しかし、岩陰なんて言っても大した所ではない。わずか10センチか20センチのくぼみである。頭は何とか隠せたが、入ってみれば背後に大きな隙間があり、別の岩の突端から、結構な勢いで雨水が流れ込んでいた。背中にそれが当たり、容赦なく体温を奪う。Kは寒さで膝が震えていた。

 寒い。いつまでこうしているべきか。体を濡らすことがこれほどまでに体温を奪うとは。耳に聞いただけだけの知識が、いかに自分の身になっていないかを後悔した。
 落雷は続いている。遠い時もあるが、すぐそこのときは、そのたびに地面が揺れる。

 一度、バリバリ!という鼓膜が破れんばかりの音がして爆音&地響きがほぼ同時に訪れた時は死んだと思った。生きているのを確認した後は、先ほど放棄した自分の荷物に落ちたんだ、と思った。

 バスが行ってしまえば、どこかで夜を明かすしかない。山小屋にでも入れればいいが、そうでなければこの濡れた服では確実に低体温で死ぬ。ましてや今ので荷物も黒コゲになったとしたらもう何もない。

 しかし、外に飛び出せば、落雷で死ぬ。このまま岩場でウロウロしていれば、雷の格好の標的だ。

今、死ぬか?
夜、死ぬか?

 できれば、少しでも死期を先延ばししたいが、夜になれば「確実に」死ぬ。しかし、今飛び出せば死なない可能性もある。死んでも雷なら多分一瞬で死ねる。寒さでジワジワ死ぬのは辛かろう。

 そんなことを考えいたとき、目の前に若い男女のペアが現れた。
 「大丈夫ですか」
 人の声が、これほどの安堵感を与えるとは思ってもみなかった。

 「2人ですか」
 僕は聞き返した。傘をさしている。雷に傘はタブー、と思っていた僕には驚愕の光景であった。
 「4人でしたが、2人は遅れています。皆さんはどうしますか。このままここで待機しますか。」

 「K、行こう!」
 Kを置いて脱兎のごとく岩場を飛び出し、荷物を見に行く。黒コゲにはなっていなかった。しかし、こちらも岩の先からジャァジャァ流れる雨水を間断なくかぶっている状態であった。
 Kと自分のリュックをひっつかみ、Kの元に舞い戻った。水を含んだリュックはずしりと重かった。ザックカバーも持っていたが、装着する間もなかった。濡れたザックを背負った。カメラも会社のiPhoneもAndroidタブレットも入っていたが、たぶんすべて雨によって死んでいることが推測された。

 さっきの二人は視界ギリギリのところに進んでおり、傘の先端を岩に見え隠れさせながら進んでいた。

 自分は軽量のウィンドブレーカーを着たが、防水性はない。Kにはツエルトを被らせ、小走りにルートをたどった。

 ここからはさながら戦争映画である。

 雨はさらに強さを増し、雷もそれに伴った。僕とKは傘をさしている2人とは一定の距離を置いて追従した。落雷の爆音と地響きは依然続いていた。運を天に任せるとはこのことである。次の雷はどこで発生し、どこに落ちるのか。逃げているのか、自ら死に向かっているのか、全く分からない。分からないならとにかくゴールへ向かった方がいいというただそれだけであった。

 時間はまだあるはずだが、そうは言ってもゆっくりもしていられるわけではなかった。こうなったら突き進むしかなかった。

 永遠と思える岩場がついに終わりを告げた。左手にずっと平行線をたどっていた森の入口がようやく僕たちの方に近づいてきた。そして、道は森の中に吸い込まれていた。唯一つ、普通と違っていたのは、その道は森に入ると同時に川になっていたことである。

 森に入ると、もう一組の若い男女が様子を見て待機していた。当然のごとく上下雨具を着用し、ザックカバーもなされている。濡れていないだけ、余裕が見て取れた。

 先ほど前にいた男女の組が声掛けしたのかは知らないが、6人になったパーティーは無言で森を走り始めた。道は周囲の水を集め川になっていた。時に濁流となっている個所もあったため、全員がその川の周りの歩道外を歩いた。本来、こういう所を歩くことは許されない。しかし、ダメと知りつつやはり自らの命の確保を優先した。

 僕は眼鏡に水しぶきがついてとにかく視界が悪かった。外せば今度は近眼のために視界が悪い。暗い森の中なので余計に見えが悪い。

 「K、赤いテープがあるか、常に見ていてくれ」

 雷は容赦なく落ちまくっている。森の中とて安全かどうかは知らない。雷は木に落ちる。しかし、これだけの木があれば可能性は分散される。先ほどの岩場よりはだいぶ安心感はあった。

 今、心配なのはルートのロストである。登山道は川と化しており、無意識のうちに川をたどっていたが、実際、川イコール登山道とは限らない。ところどころ川は別の本来の登山道とは別の方へ逸れ、登山道は陸に上がって、隣の「川」の中に突入している個所がある。

 それを見落して川をそのまま進んでしまえば、迷子になってしまう。目の良いKに登山道を示す赤テープの確認を依頼した。

 正しいルートを示すこのテープは、平穏な山しか登ったことのない頃は「こんなのなくても道なんか間違えねぇよ」と思っていたが、こういう時に必要なんだと認識を改めた。今自分が正しいルートを歩いているのか、不安になった時、テープが見えたときの安心感といったらない。自然の猛威に翻弄され、自らの無力を完膚なきまでに教えられたとき、わずかな人の痕跡がこれほど頼もしく感じるとは。

 6人は、それぞれ一定の距離を置いて森を突き進んだ。それは、「何か」あっても全滅することのない布陣だった。暗黙のうちに、そうなっていた。

 iPhoneしか時計を持っておらず、そのiPhoneさえこの雨が来る前に充電が切れていたので時間感覚は全く不明であった。

 しかし、森の中をとにかく走って走って走りぬいた。すると、この状況下に完全にマッチしない人工的なモノが目の前に現れた。

 テントである。

 近づくにつれ、2つ、3つと見えてくる。自炊しているヤツもいる。我々の緊張感とは隔絶したのんびりとした光景であった。仙水小屋に着いたのである。

 テントに雷は落ちないのか?

 しかし、当の彼らは普通に「生活」している。この雨じゃ、テントで静かに過ごすしかないな、といった実にのんびりした空気である。拍子抜けしたのは言うまでもない。

 仙水小屋の軒先で20分ほど雨宿りさせてもらう。残りの2組4人の男女ペアはそのまま下った。ここでようやくザックカバーを装着する。Kのザックカバーは落雷のとき一時的に荷物を放棄した場所におきっぱなしになったことがここで判明した。

 Kはツエルトのかぶり方がグシャグシャだったので、正しくかぶらせ、雷が少し遠のいた。ちょうどおじさん2名の組が北沢峠方面に歩いて行ったのを合図に僕たちは再び小屋をたち、彼らに続く。

 しばらくすると川に出た。水は先ほどの森の中とは違い、澄んでいたが、増水していた。

 そのわきに登山道は続いている。丸木橋があって川を渡るときは少々あせったが、さっきの雷に比べれば造作もない危険性だった。

 雷は峠を越え、雨だけになった。その雨もしばらくすると小降りになった。

 Kは暑いのでツエルトはもういらないと言い出した。体温の上昇が勝って来たのだ。状況の好転を感じた。

 「K、山を降りたら、ラーメンが食いたいな」
 「ラーメン、いいねぇ。でも、昨日の温泉にまず入りたいな」
 「温泉、最高だな。たしかに、まず温まりたいな。」

 やっと出た、のんきな言葉。時折、日差しも見えた。帰れる可能性が出てきたことを感じていた。
 昨日の温泉とは、バス乗り場にある仙流荘の日帰り風呂のことで、昨日も利用していたのである。

 長衛小屋が見えた。車も走っている。人もたくさんいた。おじさん2人は長衛小屋に入って行ったが、僕とKはそのまま北沢峠を目指した。

 北沢峠のバス待ちは再び森の中。ずぶぬれの僕たちに再び寒さが襲う。仙丈小屋まで一緒に歩いた男女のペアの方が僕たちにタオルを貸してくれた。厚かましくもお借りし、ずぶぬれ度合いはだいぶ改善された。ザックの中を全て濡らしてしまった僕たちにとって、乾いた布の感覚は何ともいえず心地よかった。

 本来のバスの時刻までは30分以上あるが、人が多いので定時以外の臨時バスが出る、という話をしている人がいたのに期待する。

 確かに、バスは最終の30分前に1台現れ、僕たちを乗せて出発した。乗るや、Kは眠りについた。

 その後は、ズブ濡れになりつつ思い描いた通りのことをした。仙流荘で温泉に入り、茅野に出てラーメンを食べた。

 「K、生きて帰れたな」
 「本当にそう思うよ。普通、生きて帰りたいとか、思うことないよ」

 山の天気は変わりやすい、というのはだれしも知っている事実だが、今回はその教訓が行動に反映されなかった。スリングや安全環つきのカラビナなど、滑落に対する装備はあったが、「晴れ」という予報に甘え、雨対策が今回は甘かった。とにかく体を濡らしたら終わりだということを身をもって知った。

 今から考えれば、タープを1枚持っていたのを思い出した。仙水峠に戻り、森の中で木々にこのタープを張ってやり過ごせばよかったのである。しかし、結果を知ってからだったら何とでも言えるが、最終バスが迫る中、冷静に雷が去るのを待てただろうか。

 とにかく、今回は山の恐ろしさを知った。それは当初何度も心配した甲斐駒ケ岳の岩場ではなかった。

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