
「ねぇ、これ、おかしいと思わない?」
ゲリラボ本部に来ていたゆみごん社長である。書架においてあった頭文字Dをごっそりもって来て読みあさっている。彼女はこうして時々ゲリラボ本部に現れては不可解な行動をとって帰ってゆく。本当に社長なのだろうか。
「お、頭文字Dか......。最近オレ、読んでないな。で、おかしいってのは?」
ドクターうるふはキャスター付きの椅子をスライドさせて、ゆみごん社長に近づく。頭文字Dの6巻を手にしている。
「何で池谷先輩はさぁ、高速道路使って真子ちゃんに会いに行ったんだろう......ってね。」
「確かに......。渋川から横川なら、オレは下から行く、な。」
「MISSION2でやった、高速対一般道では熊谷(埼玉県)から勝沼(山梨県)だったじゃない?さすがにあれの場合は私も高速の方が速いと思ったけどぉ。これは私も下道だと思うんだよね。」
パソコン上の地図で確認するドクターうるふ。
「改めて地図で確認してみても、これなら絶対下の方が速いね。見なよこれ。関越を藤岡JCTから上信越で松井田妙義まで......こんなに遠回りだぜ?」
「やります......か?」
「やろう、上対下の検証。しかも今回は、頭文字Dのストーリー付きだな」
【所要時間】
ドクターうるふたちがこの実験をするにあたって最も難儀したのはスタート点をはじめとするのルールの設定であった。今回はさまざまな条件が重なり、MISSION2のような同時スタートを切って競争することができない。
車をもう1台、用意できなかったのである。
「すると1台の180SXで両方のコースを走って、タイムアタック的に実験するしかないな。」
「ま、そうするしかないね」
ドクターうるふは頭文字Dの6巻を手に取り、ゆみごん社長に見せる。
「183ページを見てくれ。ここに興味深い情報が載せられている。」
「池谷先輩のセリフ、『ここから碓氷峠まで、1時間以上かかるし......』よね?」
時間的な情報は多くない。真子ちゃんと池谷先輩との待ち合わせはおぎのやの峠の釜めしの駐車場。道を挟んだ横川駅川にある駐車場。待ち合わせ時間の8時には既に眞子ちゃんが到着している。
池谷先輩が店長に言われてスタンドを出るのが8時30分。池谷先輩の計算だと9時30分過ぎに到着する予定である。が、神に見放されたのか、藤岡JCTを過ぎたあと、松井田妙義まで間のどこかで渋滞に遭い、予定外の遅れを喫することになる。
池谷先輩が到着する1分前まで真子ちゃんは居た、と明記されているものの、実際に池谷先輩が何時におぎのやに到着したのかは不明である。
渋滞の原因も明記されていない。池谷先輩が『事故かぁ?』とは言っているものの、それは渋滞の最後尾を見た池谷が「事故か?」と予想しているだけで、本当に事故渋滞なのかは記されていない。
従って、登場人物のセリフなどから推察する頼りない時間をもとに実験を進めてゆくしかなくなってくる。
ここで注目したいのは池谷先輩のセリフ、『1時間以上』である。2時間でも3時間でも「1時間以上」の条件には適合するが、「1時間を越え、1時間30分前後の時間を看ている」と予測するのが妥当だろう。
マンガからも分かるように池谷先輩は決してうまいドライバーではない。しかし、池谷先輩は「2度とない」チャンスをものにしようと必死に走っている。遅くする要因と、速くする要因がひとつずつある。これがもし高橋涼介や中里毅などであったら、車種のこともあるし、b時間を書けたに違いない。
「1時間以上」と言うのは現実味を出しながらも詳細はうまくぼかす作者のテクニックであると考える。
で、試みに渋川駅前の交差点からNavin'youを使用してルート検索をしてみると、70km59分と出た。
「......なーるほどねぇ......。そうすると池谷先輩はだいたいどのくらいで到着したのかしら。」
「あくまでも予想の域を出ないが......。普通なら1時間、渋滞の影響で1時間半前後で到着したんだろう。池谷先輩は30分遅れで出発しているから、真子ちゃんは最大で2時間前後、待っていたと思われる。」
「ヒールで2時間立って待ってりゃぁ、足も痛くなるわな。」
「後は出発地の設定だ。それによって若干時間も前後するだろうからな。」
【スタート地点】
頭文字Dには実際に存在する景色が数多く登場し、一見リアルに見えるマンガである。が、そのリアルさゆえに、今回はかなり翻弄された。
池谷先輩が働いているESSOは渋川市内には実在しないと言うのが一般的な見方である。池谷先輩が働いている中央石油が他の都市に存在することが、熱心な頭文字Dファンの間ですでに判明しているからである。
となると、この実験ではマンガの中のやり取りから渋川市内の架空のガソリンスタンドからスタートしなければならない。
「頭文字Dでは『渋川のスタンド』とあるから渋川市内っていう条件は絶対だな。」
「マンガでは場面が変わるとき、いきなり変えずにその近辺の景色を何コマか入れてから場面を変えるけど、頭文字Dでも池谷先輩が勤めるスタンドに場面が変わる前、この手法を多く利用しているよね。」
「そう。それがここだ。」
※1999年撮影 ![]() |
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「木の曲がり具合まで、徹底的に同じね。」 |
「そう。当研究所の調査によれば、頭文字Dの第1部では、他の場面から池谷先輩の勤務するESSOに場面が移るのは全部で100回ある。そのうち、この渋川市役所前からが4回ある。」
「でもこれ、どのコマも完全に同じじゃない?標語も、走っている車も、ワイパーの角度もまったく一緒。」
「だから、コピーして使ってんだろ。」
「普通、車だけは描かないでおいて、後から書き足さない?」
「ま、そうだよな。でもさ、意識的にESSOの前にこのシーンを持ってきてるとも言える。この景色の近くにスタート地点があるってことなんだよ。」
「この道は渋川の駅前通り。このまま直進すれば、秋名山、つまり榛名山の峠に行けるわけね。1巻の176ページには『それっぽい車が上がっていく』姿をESSOのスタンドから店長が見て、『今夜は峠でひともんちゃくあるな』って言ってる。このときの「それっぽい車」と言うのは他の峠から来た車。地元以外の人が榛名山に向かう道と言ったらこの駅前通りしかないと思う。このあたりから判断してもスタンドはこの道沿いのどこかね。」
「このほかにもメガネ屋前やJUSCOのシーンからESSOに移っている。」
JUSCO前(1999年撮影) ![]() |
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「信号とか道路の白線が完全一致。」 |
このほか、渋川市役所にほど近いNTT前が8回、渋川駅前が4回、出光が1回。
「今言ったのはどういう共通性があるわけ?」
「どこも渋川駅の駅前通り。100回のコマ移動のうち、きちんとコマが埋められているのは39回。それ以外はただコマがスクリーントーンなどで塗りつぶされているだけだ。」
「つまり、39回のうち、市役所前が4回、メガネ屋前が1回、JUSCOが5回、NTT前が8回、渋川駅が4回、出光が1回......渋川駅前通りがらみが23回を占めているってわけね。」
「そう。実に56%が渋川駅前通りなんだ。しかも、イツキがハチゴーを買ってしまったとき、池谷先輩と健二先輩がイツキをしてしまい、耐えられずにイツキが走り出すシーンがある。これを拓海が追いかけて行って、イツキに追いついたのがJUSCO前なんだ。」
「走って追いつくんだから、そうバカみたいに遠くまでは行かんわな。JUSCOのすぐ近くにESSOがあることになる......。」
「で、これらの位置から無理なく予測できるのは......」
「この出光ってわけね。」
「そう。ジャスコから伊香保方面に20~30mと言ったところだ。」
「でも、ESSOが描いてあるシーンには向かいに必ず高いビルが入ってる......。この出光の場合は向かいはローソンになってるけど。」
「ところがさ。しげの秀一の場合、木の曲がり具合や看板、広告の文字まで全て正確に再現されているのを見ると、おそらく写真か何かに撮ってきたものをそのまんま、アシスタントに描かせているんだろうな。でさ、このESSOは渋川市以外のどこかの都市に実在するらしい。」
「つまり、ESSOといっしょに描いてある背景はそっちの背景ってこと......?」
「そう考えるのが自然だよな。つまり、背景は実際と同じ物を描いているけれど、それは写真に撮ってきたものをそのまま描いているからであって、必ずしも位置関係とリンクしているわけじゃぁない。むろん、あまりそっくりに書いてしまうとマズイ部分もあるからだとは思うが。
ESSOと同じコマに描いてある背景ではなく、その前のコマを参考にした方が良いって言うのは、そう言う理由からだ。」
「そうねぇ。そうするとやっぱりこの出光が最も妥当な位置かもしれない。回数から言ってもそうでしょ。ここがスタートで良いんじゃない?」
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