【試乗】ロータスエリーゼSr.1 感性直撃!クルマと自分、二人きり。忘れかけていた楽しさがここにある!

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「言語」は人類最大の英知と言えよう。
記録として後世に残し、未経験の他人に伝達できることにその価値はある。
時間と空間を越えて人から人へ伝播させることができるのである。
この道具は、わが人類がここまで発展するのに不可欠の能力であったことは否定しない。
しかし、今回ロータスエリーゼSr.1に試乗し、言語の持つ、
負の部分を大きく意識させられることになる。


 【この動画の内容】 

 ・はじめに 

 ・ロータスエリーゼSr.1データ 

 ・出会い

 ・ファーストインプレッション 

 ・レポート不能 

 ・おわりに 


 【はじめに】

 それはこの車のフィーリングが、余りに感性直撃であり、言語と言うインターフェースを介しては到底伝えることができないフィット感、運転感覚、一体感を味わったからである。

 当然この試乗を動画やブログにするつもりだったし、手持ちの試乗記事なども再度読み返してからこの日に臨んだ。どんな言葉でこの未知なるSr.1の乗り味を伝えようか。想定できる様々な表現を予め用意していた。

 しかし、この偉大なクルマを前にして、僕ごときがこの乗り味を言語化しようなど、全くの野暮であることが乗ってすぐにわかった。ムリなのだ。村上春樹とかならできるのかも知れぬが、僕には到底ムリな代物だった。

感性直撃。

 このクルマは、どうやってか知らぬが、極めてアナログかつ無段階の、とてつもない情報量を高速伝送できるケーブルを、僕自身もその存在を知らなかったような、感性直結ポートにブッ挿して来たのだ。

 しかもそのやり方が泣かせる。
 僕のような底辺ドライバーに対しても、まるで英国紳士の様に「あなたもお持ちですね。私の感覚をご理解頂ける感性直結ポートを」とこう来るわけである。

 この脳直結ポートから情報を受け取り始めると、言語を口から発することを制限されるようで、動画に納めなければならないという使命感があるにもかかわらず、最後まで僕に言葉でこのクルマのフィーリングをまともに語らせてくれはしなかった。

 何度もチャレンジするのだが、いつしか無言になってしまう。このフィーリングを言語に変換するべきではない。文字と言う記号に置き換えればこの感覚は確実に劣化し、絶対に正確なものとしては伝わることがない。

 時間と空間を越えて、数千年の太古から大量の知を多くの人々に伝播するという役割を担ってきた人類の英知、言語。

 エリーゼSr.1はこの英知の限界をあっさりと越えてのけたのである。

 この記事は、クルマのプロでも物書きのプロでも何でもない一介のクルマ好きが、このとんでもない感性直撃のクルマの乗り味を言語に変換しようという、徒労どころか神の教えにも反するかのような無駄な努力の集合体である。


■ロータスエリーゼSr.1データ

 以下に、簡単にエリーゼシリーズ1のデータを記載しておく。

SIZE:3,726×1,850(ミラー含む)×1,117mm ※ミラーを含まない全幅1,719mm
WEIGHT:755kg(F:303kg/R:452kg) ※車両重量
ENGINE:ROVER 18K4F 1,796cc 118bhp(119.6ps)
TIRE SIZE:F:185/55R15 R:205/50ZR16
(ネコパブリッシング LOTUS ELISE&EXIGEによる)

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 比較対象として、僕のシリーズ2のデータは以下のとおりである。

SIZE:3,785×1,801(ミラー含む)×1,148mm ※ミラーを含まない全幅1,701mm
WEIGHT:774kg(F:294kg/R:480kg)
ENGINE:ROVER 18K4F 1,796cc 119bhp(120.7ps)※マニュアルにはエンジン呼称「K16」とある
TIRE SIZE:F:175/55R16 R:225/45ZR17
※うるふのエリーゼはフロントはタイヤ選択肢の広い195/50R16に変更
(車体に付属のマニュアルによる)


■出会い

 車体の借り受け場所はオーナー氏の経営する箱根のそば店「竹やぶ」の駐車場であった。開店1時間半前に到着すると、駐車場には黄色いSr.1が用意されていた。

 左ハンドルである。
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 左ハンドルには良い思い出がない。
 先日、ポルシェボクスターに試乗して、今一つ慣れなかった経験がまだ心の随所にこびりついていた。ポルシェが慣れないのか、左ハンドルがダメなのか。その両方か。少しばかり不安になった。

 一通り車の説明を受けると、せっかくの箱根だし天気も好いからオープンで楽しんで欲しいと、オーナー氏がハードトップを外してくれた。

 オープンのエリーゼに乗り込む。
 乗り方は過去に「ロータスエリーゼ乗り方・降り方助手席編」をやっておいたお蔭か、逆でも身体はうまく動いてくれた。オープンになっていて頭をぶつけることを意識せずに済んだのも幸いしたと思う。



 エンジンをスタートさせると、殊の外控えめなマフラーの音に少々拍子抜けする。僕のエリーゼの様に周囲に気を遣うような音はしない。その分、エンジンの音は良く聞こえる。もちろんそれが不快であるわけがない。

 左ハンドルであってもペダルの素材もレイアウトも僕のエリーゼと全く同じ。視点だけが異なる。クラッチミートのポイントやアクセル開度なども特に個体差は感じず、自分のクルマと同じ感覚でスタートさせることができた。

 乗ってすぐに感じた。このクルマは何馬力だとか、0-100km/hが何秒とか、サスペンションの構造が何だとか、そういう分かりやすいものに頼ってその性能を伝えるクルマではない。もっとエモーショナルなものだ。少し慣れてから撮影を開始しようと思ったが、作戦を変えた。すぐに回し始めてなるべく慣れないうちの言葉を録画しておくべきだと、そう直感した。


■ファーストインプレッション

 道も混雑しておらず、思ったままに走ることができたのは幸いだった。
 流れる箱根の景色と相まって、このクルマのまずは車体の軽さから来ると思われる感覚に驚きを隠せなかった。

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 クラッチミートの位置やアクセルが反応してくる位置は僕のと変わらないが、反応はずっと敏感だった。アクセルは足首で操作するのでは段階が粗過ぎ、指の動きで加速感が変わるくらいである。ガバッと踏むときは足首で構わないが、コーナーでの細かな調節を望むなら指の感覚まで気を遣う必要がある。

 それではこのクルマは常に指先の感覚に注意していないとドライブできないのかと言うとそんなことはない。
 流して走りたいなら3速固定で発進から街乗りまで全てこなせるし、3速1,200回転でも一般車と同じペースでいいなら箱根の坂でも普通に登ってしまう。
 ギアの入りも極めてスムーズ。パワーが欲しければすぐにシフトダウンしていつでもスポーツ走行に入れる。モードの変更など不要だ。自分の気の移り行くままに操作すれば、このクルマはそれに応じた走りをしてくれる。

決してパワーのあるクルマではない。
しかし、車体の軽さとシャシーの出来がそれに勝っている。

 ドライビングの気持ちよさとは何か。パワーによってそれを与えるのも一つの方法だが、このクルマのアプローチは異なる。思い通り。しかもその思い通りになっているという感覚が脳直結で伝わってくる。この感覚で十分満足してしまう。

 実際、とても満足の行くスピード感で走っていたところ、ふとミラーに目を遣ると僕の後ろにクルマの隊列ができていたことがしばしばあった。もちろん決して遅い速度ではないが、箱根と言う場所に於いてはやや遅めだったかも知れぬ。しかし、その時その速度で僕は完全にこのクルマのドライブを腹一杯楽しんでいた。

 ドライビングプレジャーは速度ではないのだ。速度も含むそれ以外の総合的な脳への「何か」の刺激。この量が足りていればそれでいいのだと思う。逆に言えばそれが提供しきれない車は速度やパワーなどの絶対的な情報に頼るしかないのかも知れない。

 それにしてもこのクルマの与えてくる情報量は何なのか。そしてその質はどこまでもアナログ。どこまでも無段階。しかしそれが氾濫して手に負えないということもない。こんな底辺ドライバーの僕でもこのSr.1の伝えて来る情報を感じ切っていた。「理解」と言う言葉は使いたくない。感じるが最も近いと思う。

 理由は分からないが、おそらく「翻訳」する必要がないからだと思う。言葉に置き換える必要のない、全く別の次元の情報として脳に直接送られてくるのだ。


■レポート不能

 この不思議な感覚に陥ると、確実に無言になってしまうのだった。最初はなぜそうなってしまうのか、理由も分からなかった。

 この日の予定はある程度余裕はあったが、とは言え、である。

 当時の映像を見返してみると、まずは「しゃべることがない」と言っている。その理由として「何も感じない」としている。もう少し踏み込むと「違和感がなさすぎる」「あまりにも思い通り」だと言う。だから「うん、そうだよね」としか喋れないと。

 何遍撮り直してもマトモな映像が出て来ない。
 しかしその理由も分かってきた。喋っても喋っても、この感覚を言葉にできない。言葉にしてみても正しくない。語れば語るほど、劣化した情報となる。それを強く感じるから先が続かないのだ。

 結局、拙いながらも最もこのクルマの感動をエモーショナルに伝えている最初のシーンと、慣れてきた最後のシーンをベースに所々無理やりしゃべっている所を何とか繋げて動画にすることにした。

 プロでもないのにテクニカルなことを喋ろうとしているシーンなどは全てカットした。このクルマの伝えて来る豊かなメッセージに対し、その様な拙い説明はあまりにもお粗末だ。このクルマを前にすればそんな言葉は価値も何もない。

 車を停めてのシートの感じとかは動画を参照頂きたい。こうした点については言葉で語ることが可能だ。


■おわりに

 「こんなクルマがあったのか」を連呼せずにはいられない試乗となった。

 クルマの性能を文字や数字での表現に頼ろうとするなら、それは力には力で対抗するだけのパワー競争に陥るだろう。それは我々消費者も気を付けなければならないのであって、あっちは何馬力、今度のアレは何馬力ということばかりに気を取られてしまってはメーカーもそう言う分かりやすい所ばかりに訴求したクルマ作りをするだろう。
 ウソをつくわけには行かないから当然そうしたパワーを出すクルマができてしまうわけだが、そんなのを一般人が運転しても大丈夫なように電子制御ゴテゴテのクルマにせざるを得なくなる。今すでにその状況だ。

 Sr.1はこの様な終末的な状況になることを既に予見していたのではなかろうか。言語も時を越えて情報を伝えるが、Sr.1もこの車体が存在する限り「楽しいクルマとはこういう事ではないのですか」という事を僕らの脳に、感性に、直接伝えて来る。
 「意のままに操る」「人馬(車)一体」などという言葉があるが、言葉と言うのは恐ろしい負を持っている。読んでわかった気になってしまう。今回Sr.1に乗って強くそう思った。
 動画でも言っているが「ひらりひらり」もそうである。
 おそらく、多くの人がこの言葉の伝えたいことを知らずに使っていることだろう。Sr.1に乗ればそれが分かる。分かるし、その先にあるまだ理解できない領域の底深さも同時に分かってしまう。それに恐れを抱く。

 こう言うことを追求した希少なクルマは他にもあるのかも知れない。残念ながら一般人である僕はそう言うのを知る機会に恵まれることも極めて少ないが、今回、オーナー氏の好意により、こうした機会を得ることができたのはこの上ない幸運である。

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