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 いつ起きるか分からない、事故、災害、テロ...
 そうした危機から脱し、生還したい。そういう思いが、ある。

 そこで、僕は様々な道具を持ち歩いている。職場から、自宅まで、徒歩で2泊3日で帰宅することを想定している。実際は1泊2日でも可能かもしれないが、足をけがするかもしれないし、橋などが渡れないなど、予定通りのペースで歩けないこともあろう。

 しかし、それらは普段は使わないものだ。使わないものを常時持ち歩く、というのは単なるバラストにすぎず、重いだけ。役に立つといっても筋トレになるくらいだ。これは、相当前向きに考えてと言ってよかろう。

 自然、持ち物を減らしたいという衝動が頭をもたげる。それに耐えながら毎日持つ。使う事のない日を願って、毎日持つという矛盾。

 で、である。

 実際に持っているそうしたグッズを、実際の現場で使用できるのか。これは極めて重要だ。日々欠かさずバラストに耐え、持ち続けた日々。運悪く災害に出くわしたが、今こそその苦労を結実させるとき...。

 そう思ったが使えない、では本当に意味がない。

 しかし、これは起こりうる。否、ほとんどがそうなるのではなかろうか。

 過去、僕は甲斐駒ケ岳にKと登山した際、下山途中で雷に遭うという事態に陥った。(→そのときの日記はこちら

 その際、ザックカバーもかけることができず、タープを持っていることも忘れ、ツエルトをKに着させる(ツエルトは簡易テントだが、着て使用することもできる)だけしか使用できなかった。迫りくる(というかもう遭遇している)危機の中、どのタイミングで何をするべきか、正しく一発で使用できるかどうかは、思うほど簡単ではない。

 という事で、今日は、エスビットで実際にお湯を沸かせるかどうか確認してみた。

 エスビットというのは金属製のゴトクと白い固形燃料で、ゴトクは閉じると箱型になり、固形燃料の入れ物になるというすぐれもの。エスビットというのは、固形燃料の名前なのか、これを製造しているメーカーの名前なのかよく知らぬが、とにかく僕はこれらを総称してエスビットと呼んでいる。

 実際、小型のシェラカップに入れた水を固形燃料1個で沸かせることは、購入した時に実証済み。今日は、もう少し大きめのカップで試してみた。

 常に持ち歩いているライターで火をつける。着火は全く問題なく、実に簡単。レザーマンのsquirt P4(ペンチを主体とした十徳ナイフのようなもの)ではさんでちょうど良い位置にセットする。

 小さいシェラカップのときは、燃料1個でちょうど良かったが、今度は沸かない。結局3個使ったが、水温は70度程度までしか上がらないまま使い切ってしまった。

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 5個くらい使えば沸いたかもしれないが、あまりにも消費しすぎだ。

 エスビットのゴトクは必ずしもこの燃料を使用する必要はなく、落ち葉や枯れ枝などをくべて火を維持することもできる。

 実際、やってみたかったのはこちらだ。

 バーベキューなどで使用する着火剤(茶色の紙のようなものをウエハース状に重ねて固め、灯油のような油をしみこませたもの)を使用し、3cmくらいに砕けた炭を使用してチャレンジ。

 しかし、結果は失敗。着火剤しか燃えず、炭に火がつくことはなかった。(実際はついたが、自力で火力を維持するには至らなかった)
 何度か書いたかもしれないが、僕はとにかく火のコントロールがヘタクソだ。そういう事もあるかもしれないが、非常時にそんな逃げは通用しない。火をおこし、維持できなければそこに待っているのは死あるのみ。容赦はない。ヘタクソなら練習するしかない。

 本当は、大体日経ビジネスを一冊持っているので、これをちぎって雑巾のようにひねってくべればまぁ大丈夫だろうが、今日はそこまでやることはできなかった。ただ、濡れた枝やゴミなどしか手に入らないような時もあろう。そういうものであっても安定して火をおこし、維持できるようになっておきたい。
 少し前の話である。
 夏休みはKと2人で恒例の「探検の旅」に行った。これは、通常の家族旅行では、Kの求めるようなハードな体験がピパ子氏と長女カス子氏はついてこれないという理由で男二人旅が始まったのである。
 Kが小学2年から始めたから今年で3年目になる。

 今年は、日帰りながら本格登山ということで、甲斐駒ケ岳に登った。
 甲斐駒ケ岳は、全国に18ある「○○駒ヶ岳」の中での最高峰となり、標高は2967mある。
 我々は長野県側から入るルートを選択した。交通規制があるので、仙流荘という所から約50分バスに乗り、登山口である北沢峠まで行く。歩きはここからで、我々が登山を開始したのは6時45分。もっとたくさん人がいるのかと思いきや、バスから降りた人のほとんどは反対側にある仙丈ヶ岳の方に行ったようで、甲斐駒ケ岳側の登山道は視界には僕とKしかいないという状況で、時々先行者を追い抜いたり、途中で休んでいると後ろから時々人が来る、というレベルである。
 僕が持っていたガイドブックにあったルートとは逆コースをたどる。北沢峠→双子山(ふたごやま)→駒津峰→甲斐駒ケ岳→摩利四天→駒津峰→仙水峠→仙水小屋→長衛小屋→北沢峠というルートである。深い意味はなかったのだが、バスを降りて目の前のコースを歩きだしたらそうだった、と言うだけの話。
 しかし、多分こっちのルートの方がずっといいと思う。逆回りは仙水峠→駒津峰間が相当な急登が延々続くことになる。我々はそれを下ったわけだが、ガイド本通りのルートだとあれを登ることになるのだがらぞっとする。
 さて、駒津峰まではまぁ、若干急だったが普通の登山である。駒津峰を降りた後、甲斐駒ケ岳になるわけだが、ここからはもろい花崗岩帯で、足元は剥離した小粒の花崗岩が堆積して滑りやすいルートである。

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【駒津峰方面から見た甲斐駒ケ岳直登ルート。この尾根を登る】

 甲斐駒ケ岳は「直登ルート」と「巻き道」があり、「直登ルート」は岩登りである。
 Kはこの、岩登りをしたいわけである。Kの中で探検=岩登りという図式があるらしい。分からんでもない。
 このように願うチビッコにとって甲斐駒ケ岳は大満足の山だと思う。岩登りのレベルは大人でも躊躇するようなポイントはいくつもあるも、よほど突飛な行動をしない限り、二度と助からないところまで滑落するようなところはあまりない。
 大人がきちんと指導すれば、「難しい山だったけど、僕は登れた」といういい達成感と経験をさせられる山だと思う。
 巻き道の方は下りで通ったが、どちらかと言うとこっちの方が滑ってそのままコースアウトとなりそうな箇所ばかりで、ある意味こちらの方が危険では?と思われるところも多かった。ほとんどの人がそうしていると思うが、登りを「直登ルート」、帰りに「巻き道」をとり、摩利四天を経由して駒津峰に戻る、と言うのがいいと思う。

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【下りの「巻き道」。大変滑りやすい】


 さて、甲斐駒ケ岳の登山については、他のサイトに詳しいのがたくさんあるのでそちらを参照されたい。僕とKは標準コースタイムよりもだいぶ早いペースで甲斐駒ケ岳山頂に到達し、もし時間があったら、というつもりでいた摩利支天にも行くことができた。
 先ほど少しふれた駒津峰からの急坂は後半森の中である。少しペース遅めの親子(と言っても子供も多分成人している)が居たが、どうも道を譲ってくれない。帰りのバスにはまだ余裕があったので我々も着かず離れずペースを合わせて下った。太ももと膝がいい加減ヘロヘロになった頃、ようやく仙水峠に出た。

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【仙水峠。岩場がしばらく続く。左に森があるがルートは平行線をたどり、なかなか入ることはできない】


 事件はそこで起こる。

 仙水峠に出ると、それまでの森を抜け、一気に岩場になる。溶岩と思われる黒くてとがった岩が転がる、鬼押し出しを思わせる風景である。色々な人が岩場を縦横無尽に歩いているせいか、ルートが見つけづらい。岩しかないのでコースを示す赤テープもあまりないし、見えにくい。
 足場となる岩についているので、踏まれて落ちてしまっているものも相当あるのだろう。
 ここで、大粒の雨がポツリ、ポツリ、と降り始めた。
 道も開けたので、件の親子をそこでやり過ごす。暫くはペースの遅い雨脚と付き合いながら普通に歩いていたが、徐々に雨脚が強くなって来た。

 そう思ったら変化は速かった。加速度的に雨量が増した。
 左側から森が近付いてきたので、あそこに入れればと思ったが、ルートは無情にも森に向かわない。いつしか僕たちはずぶ濡れになってしまっていた。

 さらに事態を悪くしたのは雷である。

 雷鳴は先ほど歩いてきた駒津峰のルートの方から聞こえていた。雨脚は強かったが、雷はまだ遠かった。急ごうと思ったが、岩場の足元が滑りだした。こんなところで転倒すればつまらないことになる。急ぎつつも慎重に足を進めた。左手に見える森はつかず離れず一定の距離を置いたままで、我々をその中に入れてくれようとはしない。

 と、今度はいきなりこれから行こうとするルートの先でバリバリという爆音が轟き、目をくらますほどの閃光がほとばしる。恐ろしかったのは、雷の音が頭上ではなく、目線の高さで発生したことだ。

 いつしか、視界も悪くなっていた。自分たちが雷雲の只中を彷徨っていることを自覚した。

 そう思った刹那、今度は背後でまた爆音である。バリバリ、ダーン!という、地響きを伴う爆音なのである。しかも、バリバリとダーンが殆ど同時。ついさっき歩いて来たあたりのように感じる。それが自分と同じレベルの高さから聞こえてくるのである。

 次は、自分の目と鼻の先で雷が発生するやもしれぬ。それは、多分誰も見たことのない、雷の発生の瞬間と思われるが、その瞬間自分は電撃に打たれているに違いない。

 突然、恐怖に陥った。軽いパニックになった。進むか、戻るか、どうすれば良いのか分からない。道はこのまま僕とKを岩場に晒したまま続いているのだろうか。いや、この状況下で森の中が安全なのかどうかもわからない。

 そう考えると今度は頭上で再び爆音。同時に地面が揺れる。どこか近くに落ちていることは間違いない。

 僕は、荷物と金属製の持ち物すべてを放棄し、少し離れた岩陰にツエルト1枚で身をひそめることにした。たしか、何かの本にそう書いてあった。

 しかし、岩陰なんて言っても大した所ではない。わずか10センチか20センチのくぼみである。頭は何とか隠せたが、入ってみれば背後に大きな隙間があり、別の岩の突端から、結構な勢いで雨水が流れ込んでいた。背中にそれが当たり、容赦なく体温を奪う。Kは寒さで膝が震えていた。

 寒い。いつまでこうしているべきか。体を濡らすことがこれほどまでに体温を奪うとは。耳に聞いただけだけの知識が、いかに自分の身になっていないかを後悔した。
 落雷は続いている。遠い時もあるが、すぐそこのときは、そのたびに地面が揺れる。

 一度、バリバリ!という鼓膜が破れんばかりの音がして爆音&地響きがほぼ同時に訪れた時は死んだと思った。生きているのを確認した後は、先ほど放棄した自分の荷物に落ちたんだ、と思った。

 バスが行ってしまえば、どこかで夜を明かすしかない。山小屋にでも入れればいいが、そうでなければこの濡れた服では確実に低体温で死ぬ。ましてや今ので荷物も黒コゲになったとしたらもう何もない。

 しかし、外に飛び出せば、落雷で死ぬ。このまま岩場でウロウロしていれば、雷の格好の標的だ。

今、死ぬか?
夜、死ぬか?

 できれば、少しでも死期を先延ばししたいが、夜になれば「確実に」死ぬ。しかし、今飛び出せば死なない可能性もある。死んでも雷なら多分一瞬で死ねる。寒さでジワジワ死ぬのは辛かろう。

 そんなことを考えいたとき、目の前に若い男女のペアが現れた。
 「大丈夫ですか」
 人の声が、これほどの安堵感を与えるとは思ってもみなかった。

 「2人ですか」
 僕は聞き返した。傘をさしている。雷に傘はタブー、と思っていた僕には驚愕の光景であった。
 「4人でしたが、2人は遅れています。皆さんはどうしますか。このままここで待機しますか。」

 「K、行こう!」
 Kを置いて脱兎のごとく岩場を飛び出し、荷物を見に行く。黒コゲにはなっていなかった。しかし、こちらも岩の先からジャァジャァ流れる雨水を間断なくかぶっている状態であった。
 Kと自分のリュックをひっつかみ、Kの元に舞い戻った。水を含んだリュックはずしりと重かった。ザックカバーも持っていたが、装着する間もなかった。濡れたザックを背負った。カメラも会社のiPhoneもAndroidタブレットも入っていたが、たぶんすべて雨によって死んでいることが推測された。

 さっきの二人は視界ギリギリのところに進んでおり、傘の先端を岩に見え隠れさせながら進んでいた。

 自分は軽量のウィンドブレーカーを着たが、防水性はない。Kにはツエルトを被らせ、小走りにルートをたどった。

 ここからはさながら戦争映画である。

 雨はさらに強さを増し、雷もそれに伴った。僕とKは傘をさしている2人とは一定の距離を置いて追従した。落雷の爆音と地響きは依然続いていた。運を天に任せるとはこのことである。次の雷はどこで発生し、どこに落ちるのか。逃げているのか、自ら死に向かっているのか、全く分からない。分からないならとにかくゴールへ向かった方がいいというただそれだけであった。

 時間はまだあるはずだが、そうは言ってもゆっくりもしていられるわけではなかった。こうなったら突き進むしかなかった。

 永遠と思える岩場がついに終わりを告げた。左手にずっと平行線をたどっていた森の入口がようやく僕たちの方に近づいてきた。そして、道は森の中に吸い込まれていた。唯一つ、普通と違っていたのは、その道は森に入ると同時に川になっていたことである。

 森に入ると、もう一組の若い男女が様子を見て待機していた。当然のごとく上下雨具を着用し、ザックカバーもなされている。濡れていないだけ、余裕が見て取れた。

 先ほど前にいた男女の組が声掛けしたのかは知らないが、6人になったパーティーは無言で森を走り始めた。道は周囲の水を集め川になっていた。時に濁流となっている個所もあったため、全員がその川の周りの歩道外を歩いた。本来、こういう所を歩くことは許されない。しかし、ダメと知りつつやはり自らの命の確保を優先した。

 僕は眼鏡に水しぶきがついてとにかく視界が悪かった。外せば今度は近眼のために視界が悪い。暗い森の中なので余計に見えが悪い。

 「K、赤いテープがあるか、常に見ていてくれ」

 雷は容赦なく落ちまくっている。森の中とて安全かどうかは知らない。雷は木に落ちる。しかし、これだけの木があれば可能性は分散される。先ほどの岩場よりはだいぶ安心感はあった。

 今、心配なのはルートのロストである。登山道は川と化しており、無意識のうちに川をたどっていたが、実際、川イコール登山道とは限らない。ところどころ川は別の本来の登山道とは別の方へ逸れ、登山道は陸に上がって、隣の「川」の中に突入している個所がある。

 それを見落して川をそのまま進んでしまえば、迷子になってしまう。目の良いKに登山道を示す赤テープの確認を依頼した。

 正しいルートを示すこのテープは、平穏な山しか登ったことのない頃は「こんなのなくても道なんか間違えねぇよ」と思っていたが、こういう時に必要なんだと認識を改めた。今自分が正しいルートを歩いているのか、不安になった時、テープが見えたときの安心感といったらない。自然の猛威に翻弄され、自らの無力を完膚なきまでに教えられたとき、わずかな人の痕跡がこれほど頼もしく感じるとは。

 6人は、それぞれ一定の距離を置いて森を突き進んだ。それは、「何か」あっても全滅することのない布陣だった。暗黙のうちに、そうなっていた。

 iPhoneしか時計を持っておらず、そのiPhoneさえこの雨が来る前に充電が切れていたので時間感覚は全く不明であった。

 しかし、森の中をとにかく走って走って走りぬいた。すると、この状況下に完全にマッチしない人工的なモノが目の前に現れた。

 テントである。

 近づくにつれ、2つ、3つと見えてくる。自炊しているヤツもいる。我々の緊張感とは隔絶したのんびりとした光景であった。仙水小屋に着いたのである。

 テントに雷は落ちないのか?

 しかし、当の彼らは普通に「生活」している。この雨じゃ、テントで静かに過ごすしかないな、といった実にのんびりした空気である。拍子抜けしたのは言うまでもない。

 仙水小屋の軒先で20分ほど雨宿りさせてもらう。残りの2組4人の男女ペアはそのまま下った。ここでようやくザックカバーを装着する。Kのザックカバーは落雷のとき一時的に荷物を放棄した場所におきっぱなしになったことがここで判明した。

 Kはツエルトのかぶり方がグシャグシャだったので、正しくかぶらせ、雷が少し遠のいた。ちょうどおじさん2名の組が北沢峠方面に歩いて行ったのを合図に僕たちは再び小屋をたち、彼らに続く。

 しばらくすると川に出た。水は先ほどの森の中とは違い、澄んでいたが、増水していた。

 そのわきに登山道は続いている。丸木橋があって川を渡るときは少々あせったが、さっきの雷に比べれば造作もない危険性だった。

 雷は峠を越え、雨だけになった。その雨もしばらくすると小降りになった。

 Kは暑いのでツエルトはもういらないと言い出した。体温の上昇が勝って来たのだ。状況の好転を感じた。

 「K、山を降りたら、ラーメンが食いたいな」
 「ラーメン、いいねぇ。でも、昨日の温泉にまず入りたいな」
 「温泉、最高だな。たしかに、まず温まりたいな。」

 やっと出た、のんきな言葉。時折、日差しも見えた。帰れる可能性が出てきたことを感じていた。
 昨日の温泉とは、バス乗り場にある仙流荘の日帰り風呂のことで、昨日も利用していたのである。

 長衛小屋が見えた。車も走っている。人もたくさんいた。おじさん2人は長衛小屋に入って行ったが、僕とKはそのまま北沢峠を目指した。

 北沢峠のバス待ちは再び森の中。ずぶぬれの僕たちに再び寒さが襲う。仙丈小屋まで一緒に歩いた男女のペアの方が僕たちにタオルを貸してくれた。厚かましくもお借りし、ずぶぬれ度合いはだいぶ改善された。ザックの中を全て濡らしてしまった僕たちにとって、乾いた布の感覚は何ともいえず心地よかった。

 本来のバスの時刻までは30分以上あるが、人が多いので定時以外の臨時バスが出る、という話をしている人がいたのに期待する。

 確かに、バスは最終の30分前に1台現れ、僕たちを乗せて出発した。乗るや、Kは眠りについた。

 その後は、ズブ濡れになりつつ思い描いた通りのことをした。仙流荘で温泉に入り、茅野に出てラーメンを食べた。

 「K、生きて帰れたな」
 「本当にそう思うよ。普通、生きて帰りたいとか、思うことないよ」

 山の天気は変わりやすい、というのはだれしも知っている事実だが、今回はその教訓が行動に反映されなかった。スリングや安全環つきのカラビナなど、滑落に対する装備はあったが、「晴れ」という予報に甘え、雨対策が今回は甘かった。とにかく体を濡らしたら終わりだということを身をもって知った。

 今から考えれば、タープを1枚持っていたのを思い出した。仙水峠に戻り、森の中で木々にこのタープを張ってやり過ごせばよかったのである。しかし、結果を知ってからだったら何とでも言えるが、最終バスが迫る中、冷静に雷が去るのを待てただろうか。

 とにかく、今回は山の恐ろしさを知った。それは当初何度も心配した甲斐駒ケ岳の岩場ではなかった。
 「車中泊」が最近ブームである。
 この時期、いかなる道の駅にも車中泊をしているクルマがある。今まで、多くは1BOXか、ワゴンばかりで、今まで僕のようなクルマで車中泊をしている人は数年前にZ32を一度見かけたきりだった。しかし今回は、ハチロク(AE86)あり、クラウン(よく知らないけど今のじゃないです)ありで、ホント、流行っているんだな、というのを感じた旅だった。

 「道の駅」信州蔦木宿は、車中泊には最高の道の駅の一つである。

 温泉があるのはもちろんだが、くつろげるポイントが豊富ということだと思う。
 まず、大人気なのは一番奥の川に面したエリア。後ろ向きに駐車して、ハッチバックを開ければ、イスやテーブルを出す広大なスペースがある。背の高い木に覆われ、どこも快適な日陰であり、川からの風が心地よい。

 僕が好きなのは、その奥のエリアに入るところにある柵沿いの部分。駐車スペースに対して柵が斜めに設置されており、三角の「ムダな」スペースがある。少なくともこれがある側の間近に別のクルマが来ることはなく、一定のプライバシーが守られる。今回はここに1人用テントを出している人もいた。

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挙句の果てには裏の川原にクルマを入れ(当然、道の駅ではない)、道の駅の施設だけ利用するという技もある。今回はこのメンバーも相当いた。

 ある分野が流行ってすそ野が広がるというのはいいこともある。
 雑誌が発売されたり、Webサイトが充実したりして質の高い情報が手に入るようになる。仲間が増えれば、道の駅などで肩身の狭い思いをすることもない。

 しかしながら、良くない面もあることもまた事実である。参加人数が増えるということは、そこに至るまでの苦労や心構えを知らずに来る人もいる。常識のない人間も残念ながら世の中にはいるわけで、そういう人が品位を下げてしまうこともある。

 信州蔦木宿はかつて僕が車中泊の旅をしていた時は「キャンパーの聖地」と名付けたほど、良い環境下にあった。当時車中泊という言葉もない頃であったが、その割には車中泊をする人も多く、それなりに安心して泊まれる場所であった。

 だが今は違っていた。
 トイレには「ここはキャンプ場ではありません」といった張り紙がなされ、食器や洗濯は行わないように、残飯は流さないように、といった注意書きがなされていた。これはおそらく、車中泊よりも川原でキャンプをしている人たちに向けられたもののような気がする。

 ごみ箱に入りきらないほどのごみが捨てられ、周囲にもうず高く積み上げられていた。

 利用者の多いトイレはなぜこうなるのか不明だが、ウ○コが便器の的から外れて周囲にまき散らされている、駅などでもよくある状況になっており、実質使える個室は1つ。行列に並んだ挙句、入ってみると紙がない、といった残念な環境になっていた。

 そのため、朝、用を足すのにとなりの道の駅、こぶちざわまで移動するという事態に陥った。
 こぶちざわもまた、キャンパーの聖地であるが、こちらはごみ箱はあふれ気味だったものの、トイレは問題なかった。

 さらに、別に「ダメ」ではないと思うのだが、当時からしてみればキャンパーの大胆な行動にも驚いた。
 1BOXカーのリアハッチをあけ、それを屋根代わりにしてその下にイスとテーブルを出し、完全にくつろぎモードになっているのである。確かに、1台の駐車スペース内で行っている(もしかしたら、後ろにそれだけのスペースを空けるため前は若干飛び出し気味に停めているかもしれない)ので、「ダメ」ではないのだろうが、そこに面する反対側の駐車スペースに停めるのはかなり気が引ける。クルマを頭から突っ込めば、そこでくつろいでいる人と運転席からご対面、という状況になるし、バックで入れれば排気ガスもかかるし、何より轢いてしまいそうで怖い。駐車スペース枠内と言ってもオンラインぎりぎりまで使用しているからだ。

 仲間が多いということは、こういう大胆な行動にも出やすいということである。

 車中泊という行為そのものが、道の駅としては目的外の行為とみなされても仕方なく、「仮眠」なのか「宿泊」なのかの線引きがあいまいなので、容認されているような状況かと思う。

 そのような状況下の中、この趣味を守っていくためには、やはり謙虚さというものが必要なのだと僕は思う。全ての行動は、その差こそあれ、誰かに迷惑をかけているのだと僕は思う。要はその「度合い」の問題である。僕はそれに応じた謙虚さが求められると思う。謙虚な態度でやっていれば、追放しようなどという動きはそう起こるものではない。

 たとえば登山などは、趣味として相当の地位を確立していると思うが、山に人が入るということだけでいえばこれは確実に環境にとっては負荷となる。しかしながら、山に入る人のこころがけでその度合いをなるべく少なくする努力はできるし、山に入ることで環境意識が高まれば、その人は都会に戻ってからもそうした行動をとって、自分が山に入って与えてしまった負荷よりも多くの環境改善行動をとるかも知れない。そうしたことを「総合的」に考えて、容認されている趣味だと思う。

 車中泊をしても、こうした山に入る人々のテクニックを借りれば、洗面所の流しをを詰まらせることもない。

 「ダメ」なことはやってはいけないし、明快にダメでなくても、本来の目的外の行動をしているという自覚を持って謙虚な立ち居振る舞いをしなければ、近い将来道の駅は車中泊禁止となるだろう。

 禁止となれば、グレーはブラックとなる。やれば交渉の余地なく排除されることになり、趣味の分野としては縮小する。

 そんなことを考える、久々の車中泊の旅であった。
 
 2年ぶりくらいに車中泊をした。
 久しぶりだったが、体が覚えているというか、全てが上手く行って、今まででいちばん快適な夜を過ごすことができ
たと言っても過言ではない。
 また、今回は、新しい試みとして、登山用具をいくつか車中泊に転用してみたのでレポートする。

 一つは、布団である。
 今までは、自宅で普通に使っている布団を積んでいた。しかしこれは、旅行前の準備も、旅行後の片付けも大変だった。
 さらには、走行中に車体から発生する熱をこの布団が蓄えてしまい、冬はそれがかえっていいのだが、夏は暑くて寝れたもんじゃなく、放熱させるまでに一苦労したものである。

 この悩みを解決する策として、登山用のスリーピングマットを導入した。テントの下が砂利などだったとしても、ある程度快適性を得るための敷き物で、スポンジ状の板を折りたたんだものや、中に空気を入れるエアーマット状のものの2種類が主流だ。
 登山用だけに軽量かつコンパクト。旅行前も旅行後の片付けも実にスマートだ。
 そして、課題であった夏場の熱対策も、クルマを停めて車体自体が冷えれば、十分に寝れる温度になっている。マット自体が熱を含んでいても、数分外にさらせば問題ない。

 さらにもう一つは、車内の目隠しである。
 今の主流は、夏場、フロントガラス用として数多く売られている、銀色のアレである。あれを前後左右の窓という窓に張り巡らすわけである。ハイエースなどの車中泊に人気の車種ではベストサイズにカットしたものも売られているようである。

 しかし、180SXにそのようなモノはあるはずもなく、いろいろ自作したり苦労していた。

 今回、新たに導入したのは、これまた登山用の軽量タープ。FREELIGHTとHiker's Depoのコラボ品で、240×300cmで重量わずか307gというもの。昨今のアウトドアのウルトラライトブームは実にありがたい。
 こいつをロールバーの上に「かける」のである。もう少し正確に言うと、ロールバーと車体の間に差し込んでいくわけである。

 僕の車は完全なる内装レスの状態なので出来る技かもしれない。内装がある場合は、ロールバーと内装の間に隙間がなく、うまく差し込んでいけないかもしれない。また、ロールバーがピラーなどと溶接されているハードな仕様の車もダメである。

 このタープをリア側から、ロールバーと車体の間に挿入して、フロント側に引っ張っていけば完了。ロールバーがまるでテントの支柱であるかのようにタープを支え、立派な居住空間が生まれるわけである。幅240cmは両サイドのウィンドーを覆ってちょうど良く、縦300cmはリアガラスとフロントガラスを覆ってちょうど良い。最高だ。まるで専用設計みたいだ。
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 今回使用した商品の場合、この戦闘機のような色もまたいい。ドアを閉めてしまうと何だかわからない。銀色でいかにも「寝てます!」という感じがなくて最高だ。

 僕の場合、ロールバーを使ったが、タープは種類によっては固定するためのタイアウトがたくさん付いているのでそういうのを利用すれば、必ずしもロールバー仕様でなくとも問題ない。山登りする人ならタープくらい持っているだろう。タープがなければ、車内にツエルトを吊ってもよい。

 車中泊のグッズとして、ウルトラライト仕様の登山グッズは、ほかにも使えるものがありそうな気がする。またいろいろ調べてみたい。

 順調な滑り出しを見せた2011冬ゲリキャン。ゲリキャンとは、地元悪友との毎年恒例の怪しい酒飲みの会合である。果たしてどうなるのか。 →詳しくは(1)参照。

準備

 今年からの新しい試みとして、管理棟内にある調理室を借りたのは(1)で述べた通りである。幸い、前に使っている人がいなかったので前倒しで使えることとなった。

 食材を持ち込み、食器類を借りる。テレビ屋Tと悪友Nが食材を切り始めた。

 

DSC02723_.jpg 「じゃぁ、俺たちは今後の予定について奥様たちと打ち合わせてくるから」

 うるふはそう言うと、悪友Zと共に調理室を出た。

 くつろぎの郷を借りると、利用人数分の入浴券が出る。併設される温泉施設「峠の湯」で使える。今回は21時で調理室の利用ができなくなるので、それまでに終わらせないといけない。どのタイミングで温泉に行かせるか、このあたりは男共の勝手な行動は許されない。家族会議で決定する必要があるのだ。

 テレビ屋T、悪友Nもそのことをよく理解していた。「奥様たちと打ち合わせ」という言葉で、2人はすべてを理解した。

 

悪行

 「飲むぞ」
 うるふはコテージを睨み据えた。

 「ま、役割分担が大事ですな。クックック...」
 と、悪友Z。ゲリキャン開始前までの準備を行ってきたのはうるふ、悪友Z。だから当日の準備は残る2名に任せてもやむなし、どうせ包丁も人数分はない。「役割分担」とはそういう意味である。もちろん、詭弁である。

 恣意的に、悪友Zとうるふのコテージは同じ棟になっていた。蹴破るようにコテージの扉を開けるや、「やるよ!」と、高らかな雄叫びを上げた。鬨の声と言っても良い。

 悪友Zがみんなのために持ってきたスパークリングを開ける。このスパークリングワインは本来の利用目的とは違う使い方をされようとしていた。

 「いいの?!」

 ピパ子氏も悪友Zの奥様もそうは言いながらも盃を受ける。同罪だ。奥様を同罪に巻き込む。これは悪友Z流の緻密な計算だ。我々だけでは発覚した際、ものの見事に蹂躙されるが、奥様を味方につければ相手もそうは簡単に手を出せない。

 しかも、あろうことか悪友Zの奥様は暖炉に火を入れたいと言ってきた。

 

ゲリキャンと火

 ゲリキャンと火。これほどまでに素晴らしいマリアージュがあるだろうか。今まで、冬ゲリキャンではやけどの恐れがあるという理由で暖炉に火を入れることは避けてきた。しかし、今年は管理棟で食事をするわけだし、子供もそれなりに言えば分かる年齢になってきた。

「やろう、やるぞ!」

 良いテンションになって来た。まさに「悪友」を名乗るに相応しい悪行の数々。1500円で管理棟で薪を購入し、さっそく火を入れる。

「点火~!」

 これだ。この声だ。この、脳味噌がとろけてハナから漏れ出ているかのようなバカ声が、ゲリキャンのスタートには必要なのである。必要とされていることを行った。それを以ってこの行為を大義名分化しようと、各々の脳の中で努めていた。

 しかし、悪事は必ず裁かれる運命にある。

 

DSC02702_.jpg「ぬをっ!」
「不完全燃焼か?!」
「目が...!」

 暖炉の扉を開けると、一瞬にして室内が白煙に包まれたのである。酸素を得た炎が再び燃え上がる。激しい目と肺の痛みが4人を襲う。

 どうやら、煙突側の扉が閉まっていたようである。心に負い目があるせいか、落ち着いて説明を読まずに始めたのが原因である。全ての窓を開け放ち、タオルなどで強制的に扇ぎ出してようやく治まってきた。そしてそこへ二の矢が飛んで来る。

 「...何やってんの?」

 さっきまで食材を準備していた悪友Nが余りに来るのが遅いので見に来たのである。すでに各人2~3杯目で、ワインは2本目に入っていた。奥様方まで巻き込んでの堂々とした悪事に、悪友Nは笑うしかなかったが、その眼は怒りに満ちていたと、後のピパ子氏は回想している。

 -「奥様たちと打ち合わせ」の一言で、すべてを理解した-
 その以心伝心をこのような形で踏みにじるとは、親しき悪友の中には礼儀なし、である。はたまた、これからは何が起こるか分からない時代なのだということを象徴的に示した行為なのか。

 「まー、まー、とりあえず、飲もうか!な?な?」と、悪友Z。ミイラ取りをミイラにする作戦だ。そこへ遅れて到着したダム屋KKも入ってくる。出てきた言葉はいみじくも同様、「何やってんの?」であった。

 「早く、風呂行こうよ」
 「風呂か。そうだな、今話し合ってそう決まったところだ。ヨシ、行こう。時間がなくなるとヤバイからな」

 悪友Zは取り繕うようにそう言うと、酒宴を切り上げ、一行は峠の湯に向かった。

 -つづく-

忘れてた感覚

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 今日は、Kのサッカーの試合のはずっだったけど、雨で延期になった。

 さすがにこんな雨の中ではやりたくない。自分も審判が割り振られていたので。3試合も。

 時間が空いたので、HPの移行作業を粛々と進めた。wolfkai.comの方の見てくれも課題だが、今後移行していくとなると、旧アドレスでメールも取得していたので、それを変更しなければならない。

 そうは言っても対外的には転送メールを公開しているので、ま、すのアドレスを直で指定していたのは金融機関とかそういう所への登録がほとんど。今日はそういったところに一つ一つログインして言っては「ユーザー情報の変更」的なメニューから、アドレスを一つ一つ変更していく作業と、wolfkai.comでのメールアドレスの取得と、転送メールへの登録の修正と、Gmailへの登録などを行った。

 これで、どこに送られてもひとまずGmailに来るような環境は整った。意外と大変な作業だった。

 まぁ、それ以外にもいろいろ仕事があったし、ピパ子氏もKの試合がなくなったらなくなったで、いろいろなところに連絡したり、来週以降の調整をしたりで連絡作業に追われた。

 その辺の仕事に集中するためと、最近いい加減そういった作業が夫婦共々多すぎるので、Kとカス子氏を実家に預けに行った。

 その時、実家でふと目についたのがこの本。

のんびり自転車の旅

 自転車かぁ...。最近、そういうものに熱くなっていないな。

 もちろん、今年買ったRENAULTのマイクロバイクは健在で、毎日の通勤の足ではある。この僕のこだわりの改造を施した超軽量自転車に毎日乗るのがささやかな楽しみだ。

 とはいえ、行き帰りのわずかな自宅と駅前駐輪場の往復だ。楽しいとはいえ、事務的な作業にちょっと非日常のテイストを加えるくらいのものでしかない。

 パラパラめくってみると「はじめに」に興味深い言葉が。

 -村から村へ、変化のある旅が面白い-

 むかし、このブログ(旧サイト)にもそんなことを書いたな。まだ、自分が教員を辞めて、今の会社に入るまでの、棚ぼた的に獲得した人生2度目の夏休み(1度目の夏休みは大学4年間)。

 旅について、そんなことを書いた記憶がある。

 たしか、高速道路で目的地へ行くのと、一般道で目的地に行くのとの比較で、高速道路は確かに早いが、いきなり目的地に着いてしまう。出発地から目的地までの高速道路に乗っている区間は、短いがそこは旅の楽しみはほとんどない、といった内容だ。

 (ああ、思い出して来た。指が勝手に動く。ここからは当時を思い出しながら書くのではなく、当時の感性がよみがえった今の僕が書いている...)

 逆に、一般道で行くと、出発地から目的地までの間、徐々に変化していく様子を連続性を持って見て行くことができる。関東平野から日本海へ行くには、徐々に山が近付き、山の間を縫い、途中いくつかの街を抜け、徐々に高度があがり、やがて峠を越える。

 峠を一つ越えるたび、空気や景色や人々の生活が微妙に変化する。

 昔の旅人は自らの足でこれを登ったのか。その苦労の末に見下ろしたこの景色は一体どんなだっただろうと、昔に思いをはせることもある。

 そうしながら大きな峠を越え、日本海側の斜面を下り始める。さっきと逆向きに流れる川がある。またいくつもの峠を越え、そして、きらめく海が見える。

 やがて海が手に届くほどまで近づくと、閉め切った車内にまで海の香りが漂ってくる。海なし県で育った自分には少し違和感がある香りだ。

 そういう変化を、途切れることなく、連続性を持って感じる。これってすごいことだと思う。埼玉と新潟はこうやってつながっているんだというのを、オレは体験したということに軽い感動を覚える。

 そんなことを考えていたんだ、当時の自分は。それを、さっきのフレーズで思い出した。

 しかし、ここ最近この日記に書いていることはと言えばほとんど愚痴ばかりではないか。あの、研ぎ澄まされた感性は一体どこへ行ったのか。仕事のストレスと、東京の汚い空気の中でしぼみ切ってしまったというのか。

 退化みてぇなもんじゃないかよ。

 悔しい。もったいない。

 もちろん、なくなってはいないと信じているが。どこかでひっそり息づいていて、形を変えて今も何かの役に立っていると信じているが。

 でも、確かに自分は、そういうことに完成を働かせ、小さなことにロマンを感じ、感動していた。

 「ちょっとこの本借りるわ」

 母親の主婦60氏(数字に深い意味なし)の返事を聞くでもなく、そのまま実家から持ち出した。

 せめて、この本で当時の眠った感性を、呼び戻そうと思う。

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