日常の最近のブログ記事

 仕事は夏季休業中だというのにこれと言って何もすることのない状況である。

 Kは受験だし、長女のカス子氏の学校の宿題の手伝いとか、そんなことでこの休みは埋まっている。

 180SXには買い物などで結構乗っているが、エリーゼに乗る機会もほとんどない。エアコンもあまり効かないし(僕のエリーゼの問題です)、この暑さでは朝か夕方しか乗る気はしない。
 

 しかし、その朝と夕方はピパ子氏もいるし、家事や家族の時間に充てなければならない。

 カネもないから、これも良いかな、と思える。

 ということで、自分の時間を作ろうと思ったら、早起きするに限る。
 (昨日は3時に起きてカス子氏の自由研究の原稿書いてたけど...)

 今日は4時起きだったけど、懸念事項だった株の銘柄チェックの環境改善に取り組んだ。

 金欠病から脱するにはまずは節約することでこれは同時並行で邁進中である。

 給料は毎月25日にならないと入ってこない。これを増やすという努力もしているが、それには時間がかかるし、色々あって増えるどころか減らされることになるらしいのであまり期待せずに頑張ることにしている。

 残るは投資だ。僕の場合は今はほとんど株。

 で、最近困っていたのが、現在保有している株、お気に入りに登録している株まだ自分の知らない有望株を探すときなど、各銘柄のチャートを見るときに出来ればよく見る銘柄くらいは一覧したい、そうでない銘柄もできるだけスピーディーな操作で見たい、と言うのがあった。

 専業トレーダーの仕事場を拝見!とか言うので見たりすると、チャートがずらりと並んだ画面が出ていたりするが、あれは便利そう。いい形のチャートが一目でわかる(ように思える)。あれをやりたい。

today180_20180815.JPG

 マーケットスピードでたぶんできるんだろうな、と思っていたが、マーケットスピードはカスタマイズ性が高すぎて、逆に最初のうちはどう使ったらいいのか、さっぱりわからない。と言うわけでほとんど使えないでいたという状況のまま放置されていた。

 しかし、ここでようやく一念発起し、ネットを調べ、いくつかのサイトを見ながらようやくそれらしき状態にたどり着いた。マイページの機能を使い、操作感も含め、良さそうな配置をいくつか登録した。

 マーケットスピードであれば、お気に入りなどの銘柄リストからドラッグすればチャートが出るので、何も全銘柄を並べ立てる必要もなさそうなので、決まり切った銘柄を並べるページと、見たいときに見たい銘柄をドラッグ&ドロップで変えながら見るような仕様のページを作ってみた。今日はこれを使ってみよう。

 と言っても、場中は今日も自由研究の手伝い。合間にちょっと試すくらいになりそうだ。
 夢と言うのは、思い描いて強く求めれば、達成できるものである。

 僕は、これまでにそれを実際に体験してきた。

 口で言っても、ノートに書いても、それだけでは神様は夢をかなえてはくれない。自分自身の、心の奥底に「こんな夢は叶いっこない」という気持ちがあれば、それは簡単に見抜かれてしまう。思いが弱ければ、叶う夢は"それなり"になってしまう。

 そんな中、今僕が強く思うのは、ガレージである。ガレージはずっと昔からの憧れで、もちろんエリーゼを買う前からずっと思っていたことだ。

 しかし、それはやはり叶える気持ちが弱かったように思う。最大のチャンスは、約10年前に今の家を買う時であったはずだが、そのような物件を選ぶことはなかった。

 詳しくは話せないが、いくつかの仕事の成功や、エリーゼを買ったことで、夢は叶うということを強く意識するようになった。

 オンを戦い抜くために、オフは質の高い時間を過ごしたい。その一つが、やはり車と過ごす時間である。

 で、である。

today180_20280527.jpg
こういうことをやりたい。
しかし、これからの時期は単に蚊に餌を与えるだけである。

 このようなシーンは非常に優雅で質の高い時間を過ごしているように見えることであろう。

 だが、現実はこのようなことができる時期は極めて短い。冬は寒くてできないし、夏は5分もしないうちに耳元に蚊の羽音がして来る。払っているうちに足元を数か所やられている。

 そうするともう、このようなことは継続は不可能だ。痒くて痒くて頭がおかしくなりそうになる。早々に家に逃げ込むことになる。

 まぁ、虫除けとか蚊取り線香とか、そうした対策をするという方法もあるが、ガレージがあれば、冬でも平日の夜でも車と一緒に過ごせる。車いじりの道具も今以上にそろえ、大型のものも収納できるようになる。

 できれば、今ある3台の車を全て納められるガレージがあれば最高だが、今の家ではそれは現実的には無理だ。やろうとすれば3台縦入れとなるが、それは非常に使いづらいし、部屋に全く日が入らなくなる。どこか別の物件を探すか、周囲の家が売りに出されたときに買い足して合筆するしかない。

 そんなことをしようと思えば、相当のカネが必要である。今の会社で普通に稼いでいたのでは到底無理だろう。

 投資だ。それしかない。

 ...ってもう、だいぶ前からやってるけど。
 もっと本腰を入れてやるしかない。勉強して技術を磨き、投資額を増やす。支出を減らし、家のローンを繰り上げ返済する。これを徹底しなければならない。

 歳を重ね、時間が無くなってきたことを感じる。出来ればまだ体力的に余裕があるうちにいろんな車に乗りたいし、夢も叶えたい。

 いつまでに?夢には期限が必要だ。

 孫だね。

 自分は、Kが子供の時、雨の日に遊ばせる場所がなくて非常に困った。Kに子供ができるまでに、車を数台入れてもまだ子供が遊べるスペースがあるくらいのガレージが欲しいね。

 傍らにはプラレールやNゲージのレイアウトがあって...。子供は電車も好きだからね。自分もそうだったし、Kもそうだった。

 でもやっぱりカッコいい車も小さいうちから見せてあげたい。その頃の世の中にどんな車があるかは知らないが、カッコイイとはこういうことだ、というものを目の当たりにさせてあげたい。

 叶うわけないって?そう思ってしまったら絶対に叶わない。夢を描くのは僕の自由だし、誰に迷惑をかけることでもない。後は、その思いの強さを神様に試される、ただそれだけである。
 ついに、Windows Mobile 10と別れを告げることになった。

DSC05650.JPG


 今、Androidかi OSのどちらかの端末を有していないと、"普通の"サービスを受けることができない。

 もちろん、それはある程度は分かっていたことなのだが、まぁまた生活が変わると使うサービスも変わってくるのも事実。

 例えば、最近はいろいろなサービスがスマホアプリ化されていいて、「こちらからダウンロード」などと言われるが、もちろん、AndroidとiPhoneしかない。

 Web上だけではない。最近は、店頭でその場でアプリをダウンロードさせる、ということも良くある。

 何度かあったが、店頭などでそういう事を熱心に言ってくる店員さんもいて、「できない」と答えても、「いや、簡単ですよ。もし良かったらやりますよ。」と引き下がらないケースもあった。
 オジサンだからアプリのダウンロードの仕方も知らないんだろ、と思われているようだ。本当はWindows Mobileだから「できない」のであって、オレに能力がないわけではない。こうなると逆にWindows Mobileについてこっちが説明してやらなきゃいけなくなり、実に面倒だ。

 面倒だから、「じゃぁやって」と渡してやる。渡す前に意地悪く「できるの?」と、確認して「できますよ」と言わせてから渡す、と言う手順ははしっかり踏んでおく。

 無論、その店員さんはWindows Mobileなんて見たこともない。何しろわが国でのシェアは1%を切っている特殊なOSだ。画面を見た瞬間、顔色が変わる。

 それでも、パソコンを触ったことのある人なら、辛うじてMicrosoft Storeにたどり着くケースもあるが、そこで検索した結果を見て自分がこの申し出をしたことを初めて後悔するのだ。

「できないよね?」
「...できない...ですね」

 だから最初に言っただろ、とばかりにVAIOを回収する。最初に言った通りだと言うことに優越感もあったりするが、冷静に考えると実におかしな話だ。この熱心な店員は何も悪くない。

 悪いのは誰だ?

 こんなOSを出したMicrosoftか?
 それを支援しなかったユーザーか?
 そんなOSを選んでしまった僕なのか?

 それよりも何よりも、ここにできた不必要なテンションは何なんだ。実に面倒くさい。

 こんなことを繰り返す度、スマホが一つのコミュニケーションツールとなった今、自分の拘りだけを通すことに少々疲れを感じていた。

 悪いのが誰かは判然としないが、結局は僕が己の財を投じてこの状況を改善することにしたのだ。

 VAIO Phone Bizは本当に良い端末だったと思う。持っていて楽しかったし、やっぱり僕は"普通じゃない"というところに強く惹かれる性分のようだ。変わったものを持っている、という悦びは間違いなく、あった。しかし、それ故に世の中で提供されるサービスも極めて限られたものになってしまったのだ。その悦びと利便性のバランスが崩れてしまった、そういうことだろう。

 で、次は何を買うか。iPhoneはない。SIMカードはVAIOのものをそのまま利用するのでSIMフリー端末。だからできればマイクロSIMがいいが、3000円払えばサイズ変更も可能だから、絶対ではない。

 Androidとなるならもう"普通"だ。もう何でもいい。若干、自暴自棄感がある自分がいる。

 今は若干金欠気味なので、5万も6万もするような端末は手が出ない。それに、そんな高額の端末についているような機能が本当に必要なのかというと、恐らくそんなことはない。

 ということで、最初のターゲットは、Huawei P9 liteであった(nanoSIMだが)。コストと機能のバランスがいいという触れ込みだ。

 僕はネットで買うタイプではないので、アキバを散策する。自分の生活の中で丁度そう言う時間を取れるタイミングがあったのも功を奏した。このチャンスを逃せば次はいつ来るかしれない。

 店頭を見てみると、気になったのは他に色々出てきたが、その中で、FREETELの雷神というのが気になった。価格の割にはメモリ4MB、トレージ64GBと同じ価格帯の端末より優れている。SIMはマイクロSIMで今のものがそのまま使える。そして、OSがAndroid7というのも気に入った。長く使うならOSは少しでも新しい方がいい。CPUはMT6750T Octa Coreと言うもので聞いたことはない。スマホ系のCPUにもう詳しくないが、何となくOcta Coreに騙されてはいけないような気もした。パソコンで言うとATOMのような、字面では凄そうだが実際使ってみると遅すぎて全く使えない(複数回の経験に依るATOMへの恨み節)CPUなのかも、という気持ちがよぎったが、僕はスマホゲームとかはしないので、CPUにそれほどこだわらなくても大丈夫かな、と思い、それ以上考えないことにした。

 この端末の最大の売りは5,000mAという超巨大バッテリーとのこと。少し前のモバイルバッテリークラスだ。ちなみに電源ケーブルは表裏どちらにも挿せるTypeCというもの。microBとの互換性はない。付属品の1本以外のケーブルが欲しければ新たに買わねばならない。

 VAIO Phone Bizはバッテリーの持ちは極めて優れていた。これはWindows Mobileの軽さもあるのだろうが、待ち受けにしているだけなら1日たっても10%も減らない。1日くらい充電を忘れても不安はなかった。購入から1年使用しても、バッテリーが劣化することはなく、この状態は維持されている。この生活に慣れてしまったので、常にバッテリーを気にするような生活にはなりたくなかった。

 カメラ性能にもほとんど興味はない。僕の今の生活では、画素については、もうこれ以上増やさなくていいくらいに思っている。撮った画像が逆にデカすぎて、メールで送るにもWebにアップするにも面倒で仕方ない。だからカメラはついていればいい。

 ということで、FREETELのRAIJINにした。価格は25,800円。色はVAIO Phone Bizと同じシルバー。これなら買い替えたことに気づかれない。普段カネがないと言っているので、それに逆行するスマホ買い替えは秘匿するのが一番だ。妻ピパ子氏とのカネ論争はすぐに「エリーゼを手放せ」運動に発展するので極力避けたい。

DSC05602.JPG

DSC05604.JPG
 一番心配だったのが楽天モバイルのHPにRAIJINが対応機種として載っていなかったこと。しかしながらドコモ回線だしTREETELの他の端末には対応している為、多分大丈夫だろうという楽観論に基づいて買った。

 実際の所は、SIMを刺しただけで何もしなくてOK。設定画面を開いてみたが、どういうわけか、もう設定したい状態になっていた。少なくとも、電話とデータ通信はできる状態には、何の問題もなくたどり着いた。

 カメラの画像は全てmicroSDに入れていたので、それをそのままDCIMの下のCameraというフォルダにコピーで問題なし。

 だいぶ前にこのブログでも紹介した、「マッピング」というアプリケーション。僕はこれだけのために使い古した当時のWILLCOMのAndroid端末をVAIO Phone Bizと共に持ち歩いていたが、このデータもバックアップ→復元で問題なく引き継げた。これでスマホ2台持ちからも解放される。

 LINEはVAIO Phone Bizからの引継ぎだが、アカウント引継ぎ設定という機能を使用。この機能をONにすれば、24時間以内に作業すれば別の端末にLINEのアカウントを引き継げる。但し、会話の履歴はすべて古い端末に置いていくことになってしまう。LINEで画像や電話番号などをやり取りしたままになっている場合はダウンロードしておかなければならない。

 facebookやGmailなどは単にログインすればいいだけで何も作業は必要ない。これで、以降作業はほとんど済んでしまった。

 RAIJINは、指紋認証機能もついている。電源ボタンを特に押すこともなく、OFF時であっても指紋認証部分を触っても電源が入ると同時にログインも完了。もちろん、PINやパターンでもログイン可能。僕は、指紋認証でも、PINでもどちらでもログインできるようにしている。パターンは操作する所を見られたら一発で覚えられてしまうのでセキュリティとしては非常にぜい弱だと思う。

DSC05605.JPG
画面下に指紋のマーク。本体を持った時、丁度人差し指が来るあたりに指紋認証の機能がある。

 ...ということで、これでスマホ2台持ち(会社携帯を持つ時は3台持ち)生活から解放されることとなりかなり身軽になった。Androidと言う普通のOSだが、普通のサービスが受けられるのもまた事実。

 これからどんなスマホ生活が待っているのか楽しみである。

今日あたりの180SX走行距離:305,788km

 7月2日から更新していない。
 まぁ、いろいろなことがあるが、Twitterはそれなりに更新しているが、あれは140文字しかないので、複雑な心の動きの真意を伝えるには適していない。
 Twitterだけ見ると、まぁ何か仕事が忙しくて、平日も忙しくて、気が滅入りそうです誰か助けてください、的な感じにも取れなくはなくて自分が気に入らない。

 まぁ、端的に描くと、6月から自分の部下ができた、という変化があった。
 請けるかは悩んだが、どうやらこんな僕を推してくれた人もいたようで、そういう話になると途端に判断が自分不在になる。

 そこで、得意の自分を納得させる理由をつけるわけだ。今回もまたお得意の「チャレンジ」だ。
 大体、今の会社に入れたこと自体が奇跡なのに、今回の沙汰は見当違いもいいとこだが、どうせ"棚から牡丹餅"的に得た人生なんだから、2個目の牡丹餅も頂いて、できる勉強は全部しとけ、と。そう言う理由で自分を落とした。

 ところがまぁ、やっぱり、その後はその「チャレンジ」にふさわしい激務とストレスが待っていたワケですよ。当たり前ですよね、責任を持たなきゃいけない立場なんですから。
 まぁ、よく言われる「上からも下からも」ってヤツも教科書通り、ちゃんとありますわ。

 で、何でオレってそうしちゃうんかな、と思うけど、休日もどんどん予定を入れちゃう。断りゃぁいいのに、それができない。断るのもストレス、やるのもストレス、どっちのストレスをとるかというと、やる方を採る。それがオレ。

 すべてそうだけど、楽しさもあるけど、それ以上に辛さもあるよね。気持ち的な負担、体への負担、そういうのも非常に多い。

良いんです、自分で選んだ道だから!
全て、チャレンジだから。
楽なことの先には大したものは待ってない。
辛い時は伸びるとき。
そう言ってますからね、子供にも、自分にも。

 ただ、このストレスの流入量に対して自分の処理能力を上げなければ、やっぱキツイな、と。

 で、今、色々試しているわけですが、やっぱり僕は、車+自然+時間からの解放+知識欲の充足、みたいなところがストライクゾーンなんだな、と思う次第でありまして、その全てを満たせる環境を見つけることが急務なのであります。

 そして、今日、とてつもなく理想に近いところを見つけました。奥日光の戦場ヶ原の三本松駐車場。正確には"三本松園地"というらしいです。

 ここに、こんな素晴らしい環境のところがあるんですよ。

20170910_today180_elise3honmatsu.jpg

 車を停めて、程よい距離のところにイスとテーブルがある。ただし、絶好のポイントはここともう一か所くらいしかなく、あとは若干遠くなってしまうが、それでもいいなら数は結構ある。これからの時期はそう混むことはないだろう。

 ここの良いところは、車好きがたくさんいること。いろんな人のいろんな車も眺めることができる。今日、僕は読書をしたが、バーナーなどを持ち込んで、コーヒーを淹れたりしている人もいた。車はポルシェ911。楽しそう。

 などと、流れゆく様々な車好きのそれぞれの楽しみ方を程よい距離間で眺めながら、また読書に戻る。思いの外集中できたことに驚いた。結局全然集中できないんじゃないのかな、なんて思っていたから。

 この後、このレベルのところがほかにもあるんじゃないかと期待しつつ、ここを離れて金精峠を超えて榛名山まで足を延ばしたが、空振り。

 ま、あんないいところそう簡単には見つかるわけないわな。

 とにかくとんでもなくリセットできる場所であった。

 ちなみに、ここで読んだ本はマインドフルネスに関するもの。ここにも自分の困窮ぶりが出ている。
 
いや~、今年は完全に散在してますな。
昨年12月から300万くらい使っちゃってるんじゃないですかね!ちゃんと計算してないですけど...。

いいんですかね?!
いいんです!!

人生たまにはそういう時があっても!
だって何のために生きてるの?!

楽しむためでしょ!
カネは貯めるためにあるんじゃない、使うためにあるんだから!

使って楽しんで、また稼いで...。

貯めてばかりいると、使うのが怖くなる。いくら貯めても足りないんじゃないかと不安になってしまう。
そしていつの間にか貯めることが目的のようになっていく。

そういう人、いっぱいいるでしょ?
聞くとそうじゃない、って言うんだけど、その行動は、貯めることが目的になっちゃってるんだよね。

で、多くの人は、カネを稼ぐ方法は仕事なわけです。
そうすると、まるで、仕事が目的のような人生になる。

違う!と頭ではわかっているんだけれども、行動はそうなっている。
いつか、楽しむためだ、そう言い聞かせているんだけど、
そのいつかがいつだかはわからない。

今かもしれないのに、いまではない、いつかだと思っている。

...っていいながら、なぜ、パソコンを買ったかというと、仕事のためです、ハイ。
オレも、同じなのかな...? いけませんね!
脱却しないと!

さてさて、VAIOが壊れて(壊して)どのくらいでしょうか。半年くらいですかね。
レノボのタブレットでずっと我慢してきました。

USB接続のマウスとキーボードをつなげ、スタンドで立てればノートPCと同じじゃないですか。
同じなはずなんだけど...。
何でですかね~、やっぱり使いにくい。

20170625_today180_lavieHZ.jpg

左がこれまでのレノボのタブレットの環境。タブレットにしてはハイスペックだった。
右が新しく買ったLavie Hybrid HZ。格段に快適。


始めるまでにそれだけの周辺機器を用意するのが面倒なのか。
スペックが低いからか。
画面が狭いからか。
その、すべて、か?

いずれにしても、すごく使いづらかった。

そして、決定打は、このタブレットで無線LANが使えなくなってしまったこと。つまり、インターネットにつながらなくなってしまった。
これまでは使えたので、多分壊れてしまったんだと思います。

インターネットに繋がらないんじゃ、今の時代、使えないですよ。

昨年末から、サッカーのチームの忘年会で若い連中におごりまくり、15万を使い、ピパ子氏用の日産NOTEを買って70万を使い、180SXの車検で21万を使い、給湯器が壊れて20万を使い、ロータスエリーゼを買って頭金120万を使い、車の税金で14万を使い、ロータスの車検で15万を使い(買ったばかりで車検...)。
それ以外にも長男Kの塾の冬期講習や春期講習など、チョロチョロ使ってるし、サッカーのチームの登録料などでも結局20万くらい使いますから(これはチームメンバーから会費で後で回収するけど...。不払いのヤツもいるけど...)。

...っていう状態で、パソコンは我慢に我慢を重ねてきましたが、インターネットがつながらないってのは、今は水や空気がないくらいに等しいね!
僕はそんなにネットのヘビーユーザーではないけれど、それでもないとなればもう生活できない。
遅いんだったら我慢するけど、ない、というのでは続かないですよ。

で、まぁ、いろいろ迷いましたが、買うなら、やっぱりいいやつを、ということで、今回は、
1.軽いこと
2.タブレット形状にもなること
3.Core i7であること

というところにこだわって決めました。

「1」はまぁ、とにかくどこにでも苦にならず持ち運ぶため。「2」は前述のレノボのタブレットを使っていて、やっぱりタブレットはタブレットで、いいところあるな、と。「3」はやっぱり、スペックは可能な限り最高のほうがいいですね。VAIOの時にそう確信しました。古くなったときに何がストレスになるかというとスピードなんですよね。
VAIOは動作の速度的には古くなっても何の不満もなかった。僕が分解清掃なんかしようと試みて壊さなければ、今でも不満なく使えていたでしょう。

この機種は秋モデルから目をつけていたんですが、我慢して我慢して、いつの間にかいくつかモデルが変わって...。
NECダイレクトで買おうと思ったら、受注してから山形の工場で1台1台丁寧に作ります、とか言って納品まで3~4週間とのこと。
1台1台なんて言わずに30台くらいずつまとめて作らんかい!(って、言葉のあやでしょうけど...)
インターネットな私生活を3~4週間もできるわけないでしょ!

この時って、仕事もめちゃ忙しくて、サッカーのことも含めて家でパソコン使えないとダメな状態になっていた。どこか、すぐ買えるところは...?

ということで、楽天で見たら、即納であるわけです。なんなんですかね、これは販売店さんがリスクを負って発注して、在庫しゃうんでしょうね。
楽天スーパーポイントもたまるし、こっちで買いました。早かったですね。日曜夜にポチして、水曜には到着。便利な世の中になったものです。

で、開けて使ってみれば、いや~、素晴らしい。
憑き物が取れたかのようです!パソコンを取り出して電源を押すまでも非常にラク。電源を押してから起動までも速い。動作も極めてスムーズ。当たり前ですけど、インターネットもつながります。

そして、とにかく、軽い!この軽さは驚き。13インチなので、大きさはそれなりにありますが、中身入ってんのかよ?!と聞きたくなるくらい軽い。
僕の判断基準の一つ、「使わないかもしれないけど、持っていこう」という気になる軽さです。
もちろん、毎日会社に持って行ってます。行き帰り、どこでも仕事できますね。

ますます、仕事が目的のような生活になりそうですな。

今日の180SXの走行距離:305,602km
またやっちまった...!

 今朝、4時半に起きて走っていたら、左足のふくらはぎの下を伸ばした。
 トレーニング中にケガするというミス、一体何回目だろう?

 来週21日からまたサッカーのリーグが始まる。

 ゴールデンウイークなどは大体休みにする。人が集まらないから。協会理事である僕は、自分もゴールデンウイークは遊びたいし(サッカーは遊びなんだけど現実的にオレにとってはそうではなくなっている)、どうせ人も集まらないので、ゴールデンウイーク中は止めよう、と強く言ってきてようやくそれが定着してきた。

 うれしいことだ。

 しかし、それは、長期でサッカーがなくなることを意味する。つまり、体は衰える。

 今年度から、少年サッカーも何と幼児(幼稚園、保育園児)を担当することになり、技術的にも体力的にも待ったく自分のサッカーのトレーニングにならない状況だ。

 試合が近づくと、憂鬱になる。

 チーム代表でもある僕は、やらなければならない仕事も増えるし、自分自身の体がついていけるかどうか、その不安にもさいなまれる。

 だったら、やめればいいじゃん。

 とも、よく言われる。

 だが、
 「やりたくない」→「やめる」
 「やりたい」→「やる」
 そんなケダモノみたいな生き方で、一体何が得るものがあろうか?どこに成長があるのだろうか?
 などと、柄にもなく思うのである。

 嫌だけどやる、辛いけどやる。
 その嫌さや辛さを少しでも軽減するために、何らかの努力をする。

 そこに成長があるのではなかろうか、と。

 過去の自分のTwitterを遡って見ていたら、こう言う下りがあった。

20140619_twitter_wolfkai.jpg

 何なんだ、このストイックな言葉は?!ホントにオレ?
 ま、確かにこの時仕事も結構きつくて、それでも自分の良さが出せる、自分にしかできない仕事だったから、こうやって奮起して頑張ってたんだなぁ...。

 で、何が言いたいんだっけ...?

 ま、そういう気持ちがあるから、ヤバいと思って走るんだけど、そこに焦りがあるとこうやってケガをしますね。

 昨日も朝起きて走って、やっぱり筋肉がガチガチになっているのだ。そういう日は無理は禁物だ。しかも今日は、雨が降ってくるということで雨が降る前に走り終えたいという気持ちもあった。試合まで一週間という短い時間なので、1日おきにやるとかそういう余裕を持った準備もできない。期間が短いので、高い負荷をかけようとしてしまう。

 そうした焦りが、こういう結果につながる。

 雨が、降りだした。

 あと一週間で、果たしてどこまで治るか。
 本当は、あと一週間でどこまで体を作れるか、の戦いのはずが、思いっきりマイナススタートになってしまった。

 今日は雨なので、ロータスエリーゼちゃんにも乗れないし...。180SXで動く日かな。

WP_20170513_06_33_52_Pro.jpg

  本日時点の180SXの走行距離:305,567km
180SXの次の車は何か?

このサイトでも何度となく語って来た。もちろん、その時答えがあったわけではない。

あれも良い、これも良いと思って書いたことは全て事実で、次の車の可能性に思い悩みつつも、様々に夢を描いていた。

そして、その一つの答えをここに提示する。

それがロータスエリーゼである。

20170423_elise-dooropen.jpg

インプレッサの様な"戦闘機"にも興味はあった。ワゴンタイプにすれば荷物も載っただろう。
しかし、街中でよく見かけるというのが非常に面白くなかった。
自らが追って来た軽量化。そして、如何にテクノロジーが進化しようとも、車をドライブするのは最後まで人間なんだ、ということ。

それを実感できる車。
そして、現実的に買える車。

となれば、これしかなかった。ロータスエリーゼもしくはエキシージは常に頭にちらついては、いた。

しかし、あまりこの場で話題にしてこなかったのは、この車ではサッカーのチーム代表をやったり(荷物が多い)、車中泊をしたりと言うことができなくなるからだ。

そんな折、何気なくロータスエリーゼで検索して、ヒットしたページに釘付けとなった。

ロータスエリーゼsr2ガルウィング

そんなの、ない。前オーナー様が改造したのだろうが、誰も乗っていない車と言う点に於いて、尖り過ぎている。
こんなのは、二度とない。

-いつか、乗りたい-

みんな、そう思う。では、その"いつか"はいつなのか?
別に他人のネタを奪う訳ではないが、

今でしょ?!

これ以外に合う言葉がない。
いつかって、いつだ?

子供たちが大学卒業したらか?就職したらか?
いいけど、その時僕は53歳。今でさえ体の衰えのスピードに驚嘆しているのにこれが加速して10年後なんて、そんな車乗れなくなっているかもしれない。
子供が予定通り卒業、就職するとも限らない。
その時我々の親は80歳目前。介護施設に入って毎月10万円かかるかもしれない。

エリーゼとは言え、今、これだけの出費をするのは苦しい。
しかし、この先は"不可能"になる公算が高い。なったらもう、時間は元には戻らない。

見つけたのは日曜夜。月と火は定休日と言うそのディーラーのスケジュールを利用し、二日間、冷静に考えることにした。それで、気持ちが変わらなければ買おう。
かくして、僕はその週の木曜日、会社に午後半休を申し入れ、ガルウィングのエリーゼと対峙したのである。

乗ってみたが、180SXを運転していた感覚を総動員してみれば、重ステであることと、ブレーキの倍力装置がないことで多少ギクシャクしたものの、運動神経に乏しい僕でも大きな違和感はなかった。これならドライブできる、そう確信した。
内装も若干ヤレていたが、車を大事に乗ったことがない僕は、逆に気後れする程奇麗でもまた困ると思っていたので、それも良かった。
僕はその場でサインした。営業担当氏の"こんな簡単に売れたよ"と言う表情が忘れられない。

納車は4月1日エイプリルフール。ネタとしては最高だ。そう言えばピパ子氏との結婚もエイプリルフールの仏滅だったな。思えば人生ほとんど冗談で生きている。

さて。

読者諸氏の気になっている点はもう一つあろう。180SXは、どうしたんだ?"今日あたりの180SX"は、どうなってしまうんだ?これである。
実はちゃんと持っている。近所に別に駐車場を借りて維持することにした。

20170423_elise-180sx.jpg

ロータスエリーゼではこれまでの生活は出来ないし、金銭的にも維持出来なくなるかもしれない。

その時は直ぐにエリーゼを手放し、元の180SXの生活に戻ればいい。
だって、ひとつの夢はもう、叶ったのだから。
 ほとんど誰も読んでいないブログだというのに、昨年末にもったい付けていたが、7日納車された。納車というより取りに行ったのだが、今度は、日産NOTEである。

 型番でいうとE11というらしい。

e11_note.jpg

 これで、我が家の車は180SXと2台とも日産車、ということになる。

 昨年12月22日のブログにも書いたが、今回は長女の要望を全面的に採用してのクルマ選びとなった。結局、購入した車は僕のクルマ選びの基準には全く反した結果になったが、なぜか僕自身この車との出会いがすごくよく感じたし、納車の日もすごく待ち遠しかった。

 車に50万以上かけるつもりはない我が家においては、車と言えば動けばいい、というレベルのもの。年式は10年前、走行は10万km目前、というのが相場だ。
 走る以外の装備に期待することもない。

 ところが今回は、平成24年車で、走行は20700㎞という、我が家では買ったこともない程新しく、走行距離もない車。望むべくもなかった最新装備もいろいろついていた。

 とにかく、自動でドアミラーがしまわれるような機能さえない生活だったわけである(180SXの電動ドアミラー機能は軽量化のため手動エアロミラーに交換されている)。そこに、ナビにバックモニター、キーレスエントリー、盗難防止装置...。我が家のクルマ装備は一気に近代化した。

 とりわけ困ったのが盗難防止装置&キーレスエントリーだ。キーレスエントリーなどやったことがないので、どうしても不安なので、物理キーで解錠したくなる。しかし、それで乗ると、何と盗難防止装置が働いてしまうのだ。

 キーで開けたのに??なぜ?

 と思うが、そういうものらしいので仕方ない。取扱説明書はないのでネットで調べてみるとそうらしい。物理キーで解錠した上で着座するなどの振動があると、ホーンが鳴ってしまう。エンジンを始動すれば止まるのだが、ピパ子氏は2回くらいこれをやってしまい、一体どうすれば良いのかとパニクっていた。

 ということで、慣れないと若干気持ち悪いが、キーレスエントリーで解錠せねばならない。こうやって新しいものに慣らされて行くのだろう。

 ちなみに、新車時はどうだか知らぬが、キーレスエントリー用のリモコンは1個しか渡されることはなかった。そこに刺さっている物理キーはコピーは可能というが、これで開けるなら盗難防止装置が発動する可能性がある。

 ちなみに、振動させずにそのままキーをひねればどうなるかということは試していない。今度周囲の迷惑にならないところでやってみよう。

 室内の感じも、いかにも新しい車という印象だ。うまく言葉で言い表せないが、一昔前感がない。小物入れなどもすっきりしていて、洗練された感じがある。

 理由はよくわからないが、ホワイトメーターなのもよい。なんかカッコいい。買わなかったけど、自動車やにほかのノートもいくつかあったが、ホワイトメーターはこれだけだった。なんかそういうオプションなのかな。

 ノートはアクセルもブレーキもハンドルも何もかもが軽い感じ。10年10万㎞車しか買ったことのない我々にしてみれば、変なクセがない車というのもまた新鮮だ。

 エンジンルームもまだまだとてもキレイで買ったばかりのよう。いやー、すごいね。まだ全然使いこなしていないけど、ま、一言でいうと新しい車ってのもいいですな。

 しかし、これほど良い車がなぜあんなに安いのか。逆にそっちが心配になるのだが、もう考えないようにしよう。

 今日の180SX:走行304,250km
 先日、走行30万kmを達成した僕の180SXである。
 その後も変わらず快速生活車として活躍してくれている。今日もこれから娘のカス子氏と2人、ドライブに行く予定だ。(妻のピパ子氏は仕事、長男のKは部活に行った)

 ある一定のラインを超えた直後 -それが人間が勝手に設定したものであるにもかかわらず- なぜかモノだというのにそれを悟ったかのようにその命を終える、って良くある話じゃないですか?
 僕の180SXもそれ的になるのかな、と。そういう懸念もあるわけなのである。

 しかし、周りからは次は月までの距離38万kmを命じられたこともあり、僕と180SXの終わらぬ蜜月関係はどちらかがブッ倒れるまで続くのである。

 そういう僕は、先日ぎっくり腰を初体験し、それからというもの、腰回りの筋肉がガチガチになっている状況が続いている。特に起きた直後は老人のように腰が曲がっている。そこから徐々にほぐしていかないと怖くて直立できない。朝起きていきなりピーン!はない。

 この変化については、もしかしたら別に取り上げて書くかもしれないが、本当にヤバイと思う。

 僕も御年42歳、180SXより先に自分が終わるんじゃないかというのもまんざら嘘でもなくなってきたのか、とも思うようになっている。

 しかし、180SXの老化もまた負けてはいない。これまでカギが摩耗して折れたり、車体の天井部分が波打ってきているなどの老化現象をこの日記でも取り上げたが、ここにきて、車体における新たな症状が出始めた。

 それは異音である。

 極端に言うと、公園のブランコのような音がする。

 カーブを曲がる。例えば右カーブ。

 角度がついていくにしたがって、左前がしずんでいく。すると、キィ...と車体が鳴る。表現するのは実に難しい。錆びた鉄同士が圧力を加えられつつこすれあうような音。

 そして立ち上がり。沈んだ左前が上がって来る。するとまた、(文字で書くと同じだが、さっきとは違う質の)キィ...という音とともに車体の傾きが終息する。

 戻るときの方が音が低いかな。音はフロントのタイヤハウスあたりから聞こえるように思える。

 サス取り付け部のボルトなどの緩みは確認したが、そのようなことはなかった。

 まぁ、行って帰るのがセットであるところもそうなのだが、とにかくブランコだ。毎回ではないが、それでいて「稀」でもない。

 果たして一体このまま乗り続けるとどうなるのか?走行中に車体が折れちゃうんじゃないかとも思ったりするが、とにかくもし、38万kmを目指すというなら、今のペースで行くとたぶんまた10年はかかる。この状態であと10年?それはさすがにキツい気がする。
KIMG0098.JPG

 まぁ、とにかく成り行きに任せて頑張ろう(結論はいつもそれ...)。

 今、買いたい車(←この「買いたい」を変換したら「解体」になった。不気味だ...)を決めても、それがいつ来るか、その時自分がどういう状況かによって、買えるかどうかは分からないのだから。

 アプリ紹介などここで僕があらためてしなくてもいいのかもしれないが、そういう所でもあまり紹介されているのを見たことがないヤツで、僕がかなり気に入っているものがあるので、紹介したい。

 それは「マッピング!」というもの。一言で言えばログ記録アプリである。
 ライフログアプリの一種かもしれないが、ライフログアプリとして括ろうとすると、かなり外れた位置にマッピングされることになるだろう。僕自身も、最初はライフログアプリを探していてこれと出会った。
Screenshot_2016-05-03-07-41-55.png

 ライフログアプリを導入しようと思ったのは、営業になってから。外出が増え、日報なども書かねばならなくなると、自分がいつどこへ行ったのか、確認する方法が欲しくなる。Suicaの記録を調べたり、自分の予定表を見たりといろいろ方法はあるが、それらとて万能ではない。

 Suicaの履歴を見るといってもさかのぼれる件数は限られているし、駅だけわかってもその駅を利用してどこに行ったのかは完全にはわからない。同じ駅で複数の得意先がある場合もあるし、単に買い物に寄り道しただけかもしれない。

 予定表は会社のシステム上のものを利用してるが、これは他の社員みんなが見れるようになっているため、完全に真実ではない。(本名を明かしていないWebサイトは本音が語れて良いな♪)

 そうなると、すべての真実を記録できるのは、自分の持っているスマホにログアプリを入れるという方法なのだ。

 ログアプリというと、その多くは歩数記録などの健康系を前面に押し出したものが多いが(こういうのも随分入れては消しを繰り返した)、今回紹介するのは違う。
 googleマップ上に20m四方くらいのタイル状の単位で、自分が行った場所が塗りつぶされていくのだ。行ったところは塗りつぶされ、まだのところが可視化される。行った回数が多い所は色が徐々に赤に近くなるヒートマップ方式。一度行ったところだからと言って次に行っても意味がない、ということはない。
Screenshot_2016-05-03-09-02-10.png
 そうなればもちろん、「コンプリート欲」がむくむくと頭をもたげてくるのは必定。僕のように放浪癖のある人にはもってこいだ。

 おかげで、得意先に行くには常に違う道を歩くようになり、電車ばかりではなく歩こうという気になる。穴あきの場所は確実に塗りつぶそうと思うようになる。これは射幸心に近いものがあり、歩数系などと関連付けたログアプリよりもよほど歩こうという気になる。少なくとも僕はそうだった。

 一般的なログアプリが1日単位に記録を見返せるつくりのものが多いのに対し、この「マッピング!」は開始した日からすべてのログがマップ上に小さなタイルとして塗りつぶされる形で可視化されるというのがこのアプリのすごいところだ。

 もちろん、当初の目的の、この日どこに行ったか、というのを知ることも可能。表示する日付にフィルタをかけることが可能なのだ。特定の日を指定すれば、その日の移動だけの表示になる。このフィルタはある「期間」にすることも可能なので、2泊3日の旅行などの時の移動経路を見るにも役に立つ。

 特定のタイルにタイトルや写真を張り付けることも可能。ただ、写真はサイズを抑えるためかなり低画質になってしまうのがやや残念だが、日本中、世界中を飛び回るような人の場合、とんでもないファイルサイズになってしまうだろうから致し方ない。

 山登りなどを趣味としている人も面白いだろう。自分の行った山々が次々と塗りつぶされていく様子はたまらないはずだ。僕も、このアプリを起動してアルプスの山々に行ってみたい。
Screenshot_2016-05-03-09-00-40.png
 そしてさらに射幸心をあおるのが、どれだけ塗りつぶしたのかという指標として、世界各国の面積と比較され、その国の面積を超えると通知がなされる。バチカン市国やモナコなど面積の小さいところもたくさん用意されているので結構いいリズムでコンプリートされていく。

 出張の多い人はあっという間に面積を稼げると思うし、それが海外の各地ということになるなら、これはとんでもない記録が残っていくことだろう。まさに自己満足の極地だ。

 当然、このアプリは長い期間使用されることを想定しており、僕はまだ使ったことがないが、携帯を乗り換えた時などのデータ移行方法もきちんと用意されているので安心してほしい。

 唯一の難点といえば、スマホに若干の負荷がかかることか。バッテリーの持ちは2割程度低下したと思うし、新幹線などの高速移動だとマップの書き換えとタイルの塗りつぶしが追い付かず、ハングすることもある。高速移動中はマッピングを見ないことがトラブル回避のコツだ。もちろん、バックグラウンドでログは取り続けているので画面に表示されていなくても問題はない。

 あと、どうやらこのブログ更新時点では、Androidしかないらしい。

 そうしたマイナス面もあるが、僕は、このアプリを手放せなくなってしまった。甲斐駒ケ岳や仙丈ケ岳に行った数年前に出会っていればと思うし、180SXで車中泊をしまくっていたころにこれがあれば、僕の歴史が記録として残ってよかったのに、と後悔するのである。

 コンサルタントから普通の営業へと異動になり、外に出る機会も圧倒的に増えた僕である。
 営業になって早1年。だいぶ慣れてきたと思う。企業家精神的なものは常に持っているつもりだが、営業になると、これまでどうも自分の会社に対して他人行儀なところがあったのだが(入社して10年以上も経つのに!)会社への帰属意識も高まるのを感じる。

 会社の中で目立てなければ、それよりもっと厳しい社会の中で独り立ちできるわけがない。
 会社内で行われるすべての仕事が自分のスキルアップにつながると考えるべきだし、そうなるように持っていくべきである。
 自分のためになることが、同時に何かのためになる。限られた時間を有効活用するには、こうして一つの行動を複数のメリットとするように動くべきなのだ。そうするためにはどうすればよいか、僕は常に考えていると思う。

KIMG0087.JPG

 そうした中、今僕の中で旬の懸案事項は昼食と自分のリセット方法である。
 できる人はみな、自分自身のリセットの方法を持っている、そう感じる。僕としては180SXでどこか遠くへドライブに行くというのが最も良いリセット方法だが、平日会社に行っている間にはそれはできない。別の方法を模索せねばならない。
 デスクワーク8割、外出2割だったコンサルタント業の時は、社内でできるリセット法でなければならなかったが、社内でできることは限られる。しかし、今は外出の頻度が上がった。社内の目がないだけ、だいぶ大胆なことができる。
 リセットするために少々大胆な行動をとるとのは悪ではない。確実にリセットして再び集中して業務に当たれるようなすべを持つことは、会社にとってもプラスになると、僕は勝手な過大解釈をしている。もちろん、その是非を会社に問うたことはないが。

 で、1年かけていろいろ試したが、僕は結局「自然」の中で過ごすというのが一番性に合っているようだ。

 180SXでのドライブの先は自然と山になっていったし、振り返ってみれば、大学の時なども峠の駐車スペースなどに当時乗っていたS13シルビアを停めて、そこで勉強したりしていた。

 ただ僕は、自然と向き合うには地方に出るしかなく、都会ではそういうことはできない、そう思っていた。
 しかし、営業になって外を歩いてみると、東京には意外と自然を感じられる場所はあるのだということを知った。普段通っている大通りをちょっとそれてみると、結構公園だったり緑を感じられる場所が点在している。鳥や花を見ることもしばしばだ。そして何より東京には海がある。本当に海まで出るのは難しいにせよ、東京を流れる川のほとりは、確実に海を感じる。

 取引先の近くでこういう場所を開拓し、そこで昼食とったり、コーヒーを飲んだりする。これが最近の僕のリセット法だ。

 ここで問題になるのは、「着席」である。リセットするには腰を落ち着けなければならない。立ち食いではリセットできない。少なくとも僕は、そうなのだ。
 ところが、良い場所はあっても、ベンチがない、もしくはすでに誰かが利用している、ということはよくあるのだ。また、公園の中でも「ここだ」というところに都合よくベンチがあるとは限らない。「そこに作りますかねぇ」って言う所にベンチが設置されているケースも多い。日当たり、風当りなど、その日の天候によっても「良い場所」は刻々と変化する。
 限られた時間の中で、わき道に逸れてここまで来たというのに、座る場所という最後の砦で敗北したケースは数知れない。

 そこで僕は、「椅子を持ち歩く」ということをまず考え、行きつけのアウトドア屋に入った(もちろん営業時間中!)。軽量の椅子はあったが、毎日持ち歩くにはやや大袈裟な感じがした。

 ただ、そこで目にしたのは、単なる小さなマット。言われてみればサッカーなどの試合観戦用などでも売られている折り畳み出来る簡単なもので超軽量。どれも重さは50gにも満たない。これなら毎日持ち歩いても苦ではない。

 椅子ではないが、ちょっとした「段差」さえあればそこがベンチになる。これなら行けそうだ。

 数あるタイプの中から、ぼくはモンベルの製品を選んだ。対摩耗性が高そうな印象があったのと、毎日持ち歩くものだし、カッコも大事かな、ということだ。何よりこれはリセットするためのもの。カネを惜しむ必要はないと考えた(それでも1000円ちょっとだけど)。

 はっきり言って、これを買ってから、世界が変わった。その日、その時、公園だったり、テラスだったり、様々なところが僕のリセット場所になった。一番お気に入りの場所に妥協せずに腰掛けることができるこの喜び。積極的に「穴場」探しに飛び出せるようになった。攻めの姿勢に気持ちが変わった。

 ほかにも、時々当たる高崎線の使い古して硬くなってしまったシートの時や、鴻巣駅で快速から各駅に乗り換える際のベンチでの待ち時間などでも使える。

 そして、カバンの中に入れているときは、付属のゴムで4つ折りにしてまとめることはせず、開いたまま収納している。ゴムバンドの分だけ軽量化もできる。商品全体で35gのものだから、わずかな軽量化でもその効果は大きい。
 なぜか。
 これまた毎日持ち歩いているThinkPad8を衝撃から守る緩衝材の役割をさせているのだ。一切ムダがない。美しい。

KIMG0086.JPG

 そして今日は、このマットを使い、180SXで読書を楽しんだ。僕のお気に入りは写真の位置にマットを敷いて、冒頭の写真のように足を高くした姿勢が実に快適だ。僕はスペアタイヤも普通のタイヤを載せているので、トランクの底面は5~6cmほど底上げされている。背中も全く痛くない。ハッチバックドアとの間のゴムシールがあってこれまた快適なのだ。

 読んだ本は、池上彰の「そうだったのか!中国」。買っただけでずっと手を付けられていなかった本だ。早起きして一気に読み進めた。これまた達成感だ。

 このマット一つで、自分のリセット法を確立できたという満足感がある。今日もいい1日が過ごせそうだ。


 高らかに「明日30万km」と宣言したものの、それより1日遅れ、本日180SXは30万kmに達した。
 1日遅れた理由は、早い話が、ピパ子氏と長女カス子氏も一緒に行きたいということになり、昨日はバモスでの移動となったからである。家族持ちではよくある予定変更だ。自分だけの趣味は常に最も後回しにされる。
 この休みに僕はある仕事をしなければならなかった。僕の会社の商品がトイザらスで販売されているのだが、その様子を実際に言って確認してくるというミッションで、僕は熊谷店のほか、太田、伊勢崎、前橋の群馬3店の計4店を巡回することになっていた。
 これは今までも何回か行われ、家族も一緒に連れて行き、ついでに群馬の公園などで遊んだりしていた。
 土曜も日曜も、夕方に用事が入っていたため、土曜に2店、日曜に2店行くことに。土曜はバモスで熊谷店と太田店を巡回した。当然、180SXのオドメーターは動くはずもない。
 そして今日。180SXで残った伊勢崎店と前橋店を巡回に行く。朝の時点のオドメーターは299,954km。違いなく180SXは30万kmに達する。
 今日は15時から熊谷で用事がある。来週から始まるサッカーのリーグ(自分が出る大人のリーグ)のためのグラウンド整備があるのだ。
 トイザらスの巡回の準備、サッカーのグラウンド整備の準備に加え、30万km達成を記録するための準備を短時間で済ませ、出発した。

 いったいどこで、30万kmに達するのか。撮影などはしやすい場所か。そんなことを考えながら上武道路を北上した。今回は、デジカメを使用して、30万kmに達する瞬間を動画で撮影したいと思っていた。
 「いた」と書くと周到に準備していたように聞こえるかもしれないが、出る直前に思いついたようなレベルである。
 
 トイザらス伊勢崎店に到着したとき、オドメーターは299,995kmであった。
 まだ開店していなかったため、少々移動してマクドナルドに入る。昨日の調査のまとめと、今日入る2店の準備を行う。
 決めた。伊勢崎店に入る前に30万kmの撮影を終えよう。撮影ポイント、すなわち30万km達成のポイントは西部公園前の直線道路。
 付近の住宅街で299,999kmに達する。この状態で静止画の撮影を行い、180SXをスタートさせる。
 デジカメの動画機能をスタートさせ、180SXも走行開始。望遠レンズがついているため、自由度は低い。後で見たとき、どこを走っているときかわかるようにしたかったので、所々、前方の様子も画面に入れた。直線道路なのでハンドル操作はほとんどない。
 180SXは、難なく30万kmを刻んだ。
DSC02140_.JPG
「来た~。やべぇ~!」

 見たこともないほどゼロが並んでいる様子が不思議だった。インパネに映り込む空がビデオの映像上、オドメーターを消していないかが気になった。とにかく、走行距離を撮影するときは、この点に常に気を遣った。
 達成の瞬間は、撮影に意識が行っていて、感慨に浸る暇は一切なかった。単なる作業に過ぎなかった。
 30万kmを達成してしまうと、今度は300,001などのようにゼロがたくさん並んでいるのにピッタリではない様子がなんか気になる。半端感が気持ち悪いのだろう。完全なるバラバラの数字にして「揃えたい」という発想がわかないような数値にしたくなる。この衝動は20万kmの時もあった。

 このまま180SXに乗り続けるのか。それは、この180SXなのか。それとも別の新しい180SXなのか。全く別の車にするのか。別の車に乗ってみたい気もする。180SXに乗り続けたいという気持ちもある。別の車とは何か。180SXも持ちつつ、新しい車をもう一台持つ方法はないか...。いろいろなことが頭を去来した。
 不思議と、この車とのいろいろな思い出が頭をよぎることは意外にも少なかった。なくはなかったが、これからどうするのか、の方が僕の中で喫緊の課題なのだろう。
 思い出を振り返るのは、きっと廃車の時に違いない。
 そんなことを思いながら、自宅につくと、オドメーターは300,101kmになっていた。
 この時がついに来た。
 明日、僕の180SXは30万kmという大きな通過点を超える予定だ。4月1日だがこれは本当のことだ。
 明日は、仕事で群馬方面を回る。(別に隠さなくてもいいんだが、もうすぐ「明日」でなくなってしまいそうなので省略する)
 決行されれば確実に30万kmは達成するだろう。
 できれば、特別なセレモニーでもやってみたり、バカな車中泊をしていたころと同じような装備にしてみたり、超軽量バージョンにしたりして、この記念すべき通過点を彩りたいところだが、そういう時間はない。
 やはり、すごいスピードで流れゆく日常の中の一瞬として、この大きなマイルストーンを超えることになるだろう。
 それは、僕がサラリーマンを生業とし、妻と子供を持ち、ごく普通の人生に身をやつしていることの代償である。これを後悔するべきか。否、こういう生活を送っていながらも、180SXという車に乗り続けられたこと、その奇跡を有り難く思うべきではないか。
 本来ならば、こういう自分の大きな転換点や通過点を超える際に、もっと時間をかけて準備できる、そういう人生を望んだ。しかし、今はできていない。
 敢えて言うが「今は」というのは、まだその夢を捨てていない、という気持ちを端的に表したものだ。
 夢は、捨てさえしなければ失敗はない。夢は逃げない。逃げるとすれば、それは自分だ。持ち続ければ最後は成功する。失敗も通過点でしかないのだ。そう、明日起こる、30万kmという通過点と何ら変わりはない。
 180SXを30万km乗る、という夢自体はたぶん明日、実現する。
 次は、もう少し大きな夢を実現させるだけだ。オレはまだ負けてはいない。
妙にペースが速いが、書ける時に書かないと次いつ書けるのか分からないので書くものである。

自宅のVAIOをWindows10にアップデートした。

きっかけは、会社で営業に対してWindows10PCが支給されたこと。結構すんなり使えて、まぁ、いいかな、と思って。

実は一度、無料だというのでアップデートしようとしたのだが、その時はサイトが迷宮のようでアップデートサイトに行けないという事態になってやめた。今回はそのようなことはなかった。あのときはまだ告知だけでアップデート自体は始まっていなかったのかな?

まぁ、いい。

しかし、このVAIOはいつから使っているんだろう?

(Webで発売日を検索中...)

えー...と、2009年10月22日だそうです、ハイ。

ほとんど発売日に買ったはずだから、丸6年使って7年目に突入してるってことか。パソコンはこれまで買ったものは数知れないけど、ま、パソコンはその時の最高スペックのやつを買ったほうが、結局長持ちするってのがとにかく総合しての感想である。僕はゲームとかやらないし、このVAIOは速度的には問題ない。

ただ、問題は...

Windows10にアップデートしたら、なんと外付けHDDが使えなくなった!これは激不便!
僕が使用している外付けHDDはI/O DATAさんのPortable HARD DISKというやつで、型番は「HDPA-UT1」というもの。認識しなくなったというか、実は最初認識していたんだけど、認識するまでにすごい時間がかかっていた。

エクスプローラーでドライブとしては見えるんだけど、ダブルクリックしてその中のフォルダを表示させようとするとすんごい(5分くらい)待たされる。出てきたフォルダの中を見ようとしてダブルクリックするとまた同じように待たされる...。という状況ではあったものの、使えるか使えないかで言えば、使えた。

しかし、使ううち、っていうのは翌日、そのまた翌日...と抜き差しを繰り返しているうちに、完全に認識しなくなった。10分待っても、20分待っても、翌日まで置いておいても認識しなくなった。

そうなると、パソコン自体が固まってしまって、強制終了するしかなくなる。メーカーサイトにドライバでも公開されていないか見てみたけど、もうWindows8から非対応らしい(8では使えてた気もするけど)。

問題は、このHDDの中身で、2001年からのすべてのデータがこの中に保存されている。バックアップはない。強制終了を繰り返しているうち、HDDのほうがイカレたら目も当てられない。こっちのデータのほうが大事だ。

この事態に気づいたときは、僕のPCはほかの(Think Pad8)も含めてWindows10にアップデートした後。ヤバイ。もう無理?

そこでピパ子氏(妻)が助け舟。「私のPC使ってみたら?」

妻のPCはいわゆる当時一時はやった「ネットブック」で、さっきの話じゃないがスペックは激低。ほとんど物欲対象としての魅力もないので僕の中で完全に忘れ去られていた。OSはWindwos7。

つなげてみると、あっけなく認識。データはピンピンと生きていた。一先ず安心。

こういうこともあるんですね。アップデートする前ってプリンタとか周辺機器はちょっと心配するけど、外付けHDDってなんとなくSDカードとかUSBメモリのようなつもりであまり考えてなかった。

ただ、死ぬほど不便だけどね。データが必要なら、ピパ子氏のPC立ち上げて、外付けHDD繋げて、そこから必要なやつを一旦USBメモリなどを経由して自分のPCに持って来ないといけないんだから。

でも、周辺機器は最悪買い換えればいいけど、過去15年の記録はもう取り戻せないからね。K(長男)やカス子氏(長女)の写真とかビデオとかみんな入っているので、これなくしたら2人の結婚式のとき困るでしょ。

で、一回絶望したとき(ピパ子氏の助け舟が来る前)に、解決策としてデータ復旧とか色々見たんだけど、デカい記憶装置ほど高いんだよね(相場は1TBだと10万円オーバーとのこと)。だから、細切れにしたほうがリスク分散できるし復旧サービスに出した時も安い。
しかもこういうアップデートということが今後繰り返されていくことを考えると、SDカードやDVDに記録していったほうが良いかな、というのが現時点の答え。DVDのような記録メディアは実は5年くらいで使えなくなる、っていうことになっているけど、実際のところ、10年前でも使える(中には使えなくなるものもあるんだろうけど)。

僕は、フォルダ体系は全て時系になっているので、1年単位で細切れにしてSDとDVDの2重体制でバックアップすることにする。SDカードはハード的に書き込みロックできるしね。

長期記録は時系列に限りますよ。仕掛かりデータは案件ごとでもいいけど、完結したら、時系列。やっぱり探すときは「えーと、あれは娘が小学3年のころだから...」ってなるでしょ。途中から細切れにしたくなったとか、そういう時にも、移行がすごく楽です。

って、やりたいことがまた増えた。

現時点の180SX走行距離:299,268km

プチアウトドア

| コメント(0) | トラックバック(0)
みなさんあけましておめでとうございます。

ほとんど更新していないうるふの怪しいホームページ、「今日あたりの180SX」のページでございます。

今日は、プチアウトドアをしてきたので報告したい。
やってきたのは「焚き火」。雑誌などで耳知識は十分にあるが、結局実践が伴っていない。だから、ゲリキャンや家族でバーベキューなどの時にうまくいかない。

また、これから確実に起こりうる災害時。僕は生き残りグッズと称して様々なサバイバルグッズをビジネスバッグに忍ばせている。しかし、それとて緊急時に使用できなければ全くの無意味。道具はあればいいのではない。緊急用と称するものは特に持ち運び性や保存性が優先されて、快適性や使い勝手は犠牲になっていることが多い。いざというとき、思ったようには機能してくれないという現実が大体の道具には潜んでいる。

だから、実際に使ってみて、慣れておかなければならない。

場所は近所の河原。砂と砂利の混ざったような場所に180SXで侵入する。大体、この河原に入るまでの坂道もかなりデコボコで、シャコタンの車で入るような場所ではないが、臆せず突入する。

ということで、今回まず試したのが、「ファイヤスターター」という道具。

金属製のマッチのようなものだが、火花を出すだけしかできない。この火花をたきつけに当てて発火させる、というもの。
ちなみに、僕は一度も成功したことがなかった。
先ほど「火花を出すだけ」と書いたが、うまい人がやると火の塊のようなものがボロボロ落ちてくるような状態になる。
しかし、僕はやはり火花を散らす程度しかできない。

ただ、今回は、河原でよく乾いたススキの穂を調達できた。これなら可能性があるかもしれない。

今回はもう一つ試したい道具があって、fam Autumn Issue 2015 (三才ムックvol.821)→amazon というアウトドア季刊誌の付録についてきた、ColumbiaとSOTOダブルネームの「ミニ焚き火台」というシロモノ。

これを組み立て、この中にススキの穂を入れる。
いろいろ試したが、結果的には成功した。

ススキの穂を焚き火台からちょっと出るような感じに詰めて(そうでないと、ファイヤスターターが焚き火台本体に接触し、その振動でやがて焚き火台の接続部がはずれてバラバラになる)やった時。

火花が出たと思ったら一気に炎が上がった。慌てて用意した小枝を投入し、炎は安定。徐々に太めの枝にしていった。

この炎でお湯を沸かし、フレンチプレスでコーヒーを淹れる、ということもしたかったのだが、結局シェラカップになみなみ入れた水をこの日で沸騰に至らせることはできなかった。ただ、かなり温まっていたのでコーヒーを淹れることはできた。味も全く問題なし。温度的には飲みやすくてよかったくらいだった。

あと、薪を用意してこの「ミニ焚き火台」で安定した炎を得たかったのだが、それは失敗に終わった。

まず、購入した薪が暖炉で使うような極太だったため、ナタで割ろうとしたのだが、途中に節があったりして思ったように割れなかった。これも練習が必要なのかもしれない。もしくは、道具に問題があるのか。斧なら行けたかもしれないし、そもそも買った薪がよくなかったかもしれない。ここは次回への課題。

うまくいったこともあったし、失敗したこともあったけど、180SXの脇でたき火をして川辺を見ながらゆっくりとコーヒーを飲む、ということは実現できた。

結局要した時間は3時間弱。

この日は、ピパ子氏(妻)、Kさん(長男)、カス子氏(長女)の計3名が妻の実家に帰ってフリーになれたためできたものであるが、この程度時間なら、年何回か捻出できるタイミングはありそうだ。

自分のリセット方法の一つとして、耳知識を実践に移す、というのは僕の中でかなりアリだ。

※なんか、画像がうまく貼り付けられない!もうMTの進化についていけませんな。それか、ブラウザをedgeにしたのがダメ?!しょうがないから、文字をクリック頂くことでとりあえずその場しのぎです。すみません。

180SX本日のオドメーター:299265km

 いつ起きるか分からない、事故、災害、テロ...
 そうした危機から脱し、生還したい。そういう思いが、ある。

 そこで、僕は様々な道具を持ち歩いている。職場から、自宅まで、徒歩で2泊3日で帰宅することを想定している。実際は1泊2日でも可能かもしれないが、足をけがするかもしれないし、橋などが渡れないなど、予定通りのペースで歩けないこともあろう。

 しかし、それらは普段は使わないものだ。使わないものを常時持ち歩く、というのは単なるバラストにすぎず、重いだけ。役に立つといっても筋トレになるくらいだ。これは、相当前向きに考えてと言ってよかろう。

 自然、持ち物を減らしたいという衝動が頭をもたげる。それに耐えながら毎日持つ。使う事のない日を願って、毎日持つという矛盾。

 で、である。

 実際に持っているそうしたグッズを、実際の現場で使用できるのか。これは極めて重要だ。日々欠かさずバラストに耐え、持ち続けた日々。運悪く災害に出くわしたが、今こそその苦労を結実させるとき...。

 そう思ったが使えない、では本当に意味がない。

 しかし、これは起こりうる。否、ほとんどがそうなるのではなかろうか。

 過去、僕は甲斐駒ケ岳にKと登山した際、下山途中で雷に遭うという事態に陥った。(→そのときの日記はこちら

 その際、ザックカバーもかけることができず、タープを持っていることも忘れ、ツエルトをKに着させる(ツエルトは簡易テントだが、着て使用することもできる)だけしか使用できなかった。迫りくる(というかもう遭遇している)危機の中、どのタイミングで何をするべきか、正しく一発で使用できるかどうかは、思うほど簡単ではない。

 という事で、今日は、エスビットで実際にお湯を沸かせるかどうか確認してみた。

 エスビットというのは金属製のゴトクと白い固形燃料で、ゴトクは閉じると箱型になり、固形燃料の入れ物になるというすぐれもの。エスビットというのは、固形燃料の名前なのか、これを製造しているメーカーの名前なのかよく知らぬが、とにかく僕はこれらを総称してエスビットと呼んでいる。

 実際、小型のシェラカップに入れた水を固形燃料1個で沸かせることは、購入した時に実証済み。今日は、もう少し大きめのカップで試してみた。

 常に持ち歩いているライターで火をつける。着火は全く問題なく、実に簡単。レザーマンのsquirt P4(ペンチを主体とした十徳ナイフのようなもの)ではさんでちょうど良い位置にセットする。

 小さいシェラカップのときは、燃料1個でちょうど良かったが、今度は沸かない。結局3個使ったが、水温は70度程度までしか上がらないまま使い切ってしまった。

KIMG0020.JPG

 5個くらい使えば沸いたかもしれないが、あまりにも消費しすぎだ。

 エスビットのゴトクは必ずしもこの燃料を使用する必要はなく、落ち葉や枯れ枝などをくべて火を維持することもできる。

 実際、やってみたかったのはこちらだ。

 バーベキューなどで使用する着火剤(茶色の紙のようなものをウエハース状に重ねて固め、灯油のような油をしみこませたもの)を使用し、3cmくらいに砕けた炭を使用してチャレンジ。

 しかし、結果は失敗。着火剤しか燃えず、炭に火がつくことはなかった。(実際はついたが、自力で火力を維持するには至らなかった)
 何度か書いたかもしれないが、僕はとにかく火のコントロールがヘタクソだ。そういう事もあるかもしれないが、非常時にそんな逃げは通用しない。火をおこし、維持できなければそこに待っているのは死あるのみ。容赦はない。ヘタクソなら練習するしかない。

 本当は、大体日経ビジネスを一冊持っているので、これをちぎって雑巾のようにひねってくべればまぁ大丈夫だろうが、今日はそこまでやることはできなかった。ただ、濡れた枝やゴミなどしか手に入らないような時もあろう。そういうものであっても安定して火をおこし、維持できるようになっておきたい。
 仕事のことで色々あって、今、クルム伊達公子の本を読んでいる。短期間に彼女について詳しくならなければならない。
 ちなみに、この2年間は本田圭佑だった。
 それ以上は、ここでは言わないことにする。言いたいけど、言わないことにする。

 読んでいる、というか、面白くて1日で読み終えてしまった。『幸福論』という本だ。Amazonの電子書籍で読んだ。


 今、僕は、とにかく身体の劣化が加速していて、普段の何気ない生活の中の動きで腿の裏などの筋膜炎に陥る。40歳を超えて、サッカーをやり続けることは、こんなに難しいことなのか。
 それでも、何とか続けたい。息子のKと一緒に社会人でプレーするまでは。

 筋肉の質を変えようと、食事を変えてみたり、ストレッチやマッサージもやってみたりしている。ラジオ体操がいいと言えばやってみる。
 仕事で帰りが遅いのに、身体のケアにもさらに時間がかかるようになっている。時間はいくらあっても足りない。挫折しそうになる。

 食事はかなり気を遣っていて、脂肪分や炭水化物をなるべく減らすような食事を摂っていた。僕は食に執着する方ではないので、別段苦ではなかったが、今日、件の本を読んでみると、現役時代はどんぶり4~5杯はご飯を食べた、40になった今でもかなり食べている方だと思う。(記憶で書いているので抜粋ではない)

 という一文にかなり反応した。

 気を遣ってあれもダメ、これもダメみたいにしててもしょうがねぇ、徹底的に動きゃぁいいんだよ!という、渇!にも聞こえた。

 食って動く。

 その方が、自分には合っているのではないか?動きたくないから食事も制限する。それは、動きたくないというある種の「逃げ」のようにも感じる。

 食って、食って、食いまくれ。昼は営業で重い荷物を持って歩きまくれ。なんなら小走りでもしてみやがれ!

 おぉ!やっぱそれだよな!

 で、今日は、野菜サラダとバナナ3本と、麦ごはん弁当。久しぶりの夜の炭水化物。

 食うぜ、動くぜ~。

 ...オレって、影響されやすいな...。ちらりとそういう想いもよぎったが、知ったことか。影響されたときだけやりゃぁいいんだよ。やらねぇよりもその方がずっと良いんだよ。

 ま、どうなるか分からぬが、とにかく、柔らかくしなやかな筋肉を手に入れて、少しでも長く現役でいたいのである。
先日、電車の非常用ドアコックを開けると言う、珍しい経験をしたので報告したい。
東西線門前仲町駅下り線でそれは起きた。時刻は多分17:30頃ではなかったかと思う。
僕は手前の茅場町から乗車し、一駅乗って門前仲町で降りる予定だった。
茅場町の乗り口は右で次の門前仲町の降り口は左。結構混んでいたので反対側に降りられるかがやや心配だった。
人の陰で見えなかったが、子供の声が、門前仲町での降り口の方から聞こえて来た。少なくとも2人はいて、1人は小さくて喋るに至っておらず、言葉になっていない声だったため、ベビーカーに乗っていることが想定された。
この人ごみをかき分け、ベビーカーも避けて降りるのはちょっと難儀しそうだ、と思った。
門前仲町駅に入線。降りる人は少なそうだ。
「すみません、降ります!」
と言う僕の声は、
「痛い~!」
と言う声に掻き消された。続いて
「どうしよう、挟まっちゃった...!」
と言う、母親の声にならないような小さな声。しかし、ベビーカーのハンドルを握ったまま、成す術もない。
ベビーカーの先には3才くらいの子供がドアに胸を密着させた常態でへばりついており、ドアは半開きだった。
子供の腕が、戸袋に巻き込まれたのである。この事故の注意は結構表示されているが、実際に現場に居合わせたのは初めてだ。
「痛いよ~!」
泣き叫ぶ声が車内に響く。
状況を察した僕よりドア寄りにいた数名の大人が開くドアを制する。
電車のドアは空気圧を使って開閉されており、ある程度の力を以てすれば対抗できる、と言うのが僕が持ち合わせている知識だった。
しかし、現実は違っていた。
挟まっている子供は自動ドアのガラスより小さいため、外からは車内の惨状は見えないはずだが、数名の大人が開こうとするドアにたかってそれを制する様子を見て異変を察知した数名が、外からも加勢した。
しかし、ドアは無情にも徐々に戸袋内に収まる方へ動いて行く。
力は十分にあると思われるが、持つ所がないと言うのがその理由のようだ。
閉まるのを制することは比較的簡単だが、開こうとする扉を人力で引っ張る形で阻止するのは現実には難しいようだ。そうなると、ドアに挟まれることよりも、戸袋に手などを巻き込まれる方が怖いという事になる。
「ギャー!」
子供は言語を発することはもう出来ていない。
この状況とは全くマッチしない門仲の発車メロディーが鳴る。
「非常停止ボタン!」
誰かが叫んだ。そうだ。この状況を駅係員に知らせねば。それには非常停止ボタンが最善の方法だ。
僕もドア周りを探すが、見つからない。暫く探してドア左側にそれらしき物を見つけた時には、誰かの指先がそれを押していた。
駅全体に等間隔に設置された赤色灯が一斉に点滅を開始。同時にサイレンも鳴り響く。
これで列車が発車する心配はなくなった。しかし、ドアの方は相変わらずだ。
「駅員呼んで!」
「ドアに手が巻き込まれた」
乗車を待つ人に対し、口々に助けを求める。
この状況を一気に逆転する方法。それは、非常用ドアコックしかない。
普段乗っている高崎線E231系にはその表示が、ある。
東西線にもE231系は走っているが、これはそれではないようで、そのような表示は見当たらない。
スピーカーのようなものと、無表示の小さな扉があるだけだ。
-身体が勝手に動いていました-
テレビなどでの救出劇の報道でヒーローとなった人がよく言う言葉-
ホントかよ、と冷めて聞いていたこともあったが、今、自分がそれをやろうとしている。
驚きつつもそれでいて冷静に自分がこれからやろうとしていることを、第三者的に見ている自分が、そこにはいた。
僕はその無表示の扉の指掛け穴に指を挿し入れ、扉を上方向に引き上げた。
赤いレバーのようなものが見え、「左に90度回して下さい」的な刻印が見えたと記憶している。
回すとどうなるのかは書いてなかったようにも思うが、今思い返してもわからない。だが、僕はそれが非常用ドアコックだと、思い込んでいた。そもそも、非常用ドアコックが何をするものなのか、これを回せば空気圧が抜けてドアが手で開けられるものだと言うのもまた、今から思えば思い込みに過ぎなかった。
駅係員の指示もないのに、こんなものを操作してもいいのか?!一瞬だけそうした考えもよぎったが、振り払うのは容易だった。自動ドア対大人数名の決死の綱引きは、コックに指を掛けた僕の下で、人間の敗北の方にどんどん近づいていたからである。
先ほどの刻印で反時計回りに回すのだと解釈した僕はそういう操作をしようとしたが、それに反してそのレバーは手前に起き上がった。
左とは、こう言う意味か...。
そう思ったと同時に、「プスッ!」と言う、予想より短めの解放音。
魔法が解けたように、ドアは力を失い、形勢は一気に逆転した。
ドアはゆっくり戻り始め、「取れました!」と言う母親の声。
答え合わせは、一瞬にして終わった。僕の思い込みは、全て正解だったのだ。そしてその知識は、大人数名でも敵わなかった戦いを、指先一本で逆転させたのである。
子供は驚いたような表情で、涙は止まっていた。
怪我も特にないようだ。戸袋の入り口にはゴム板があるが、中は比較的広く、子供の腕が入るスペースはあったのだろう。この親子は門前仲町で降りる予定ではなかったようだが、誰かが「一応、降りた方がいいんじゃないですか」と言ったのでそれに従っていた。
かなりの人がいたが、ほとんどの人の目は子供とドアを制する大人たちに行っていて、僕が非常用ドアコックを操作したことにほとんど誰も気づいていないと思う。
ドアと格闘していた人たちも、同様だろう。一定時間ドアが動かなかったから安全装置が働いたとか、そんなふうに思ったようである。
僕はそのまま列車を降りた。赤色灯の点滅は依然として続いており、暫く歩いたところで、血相を変えて走る駅員とすれ違った。
勝手に非常用ドアコックを操作したことをなんか言われても面倒だとも思ったが、駅員の動きがこれだけ遅いなら絶対に大丈夫だ。
そう言えば、非常用ドアコックを戻すのを忘れてた。
そう思ったが、
「ドアトラブルで停止しておりました西船橋行きですが、間もなく発車致します」と言う放送が改札を出る頃聞こえて来た。
どうやら大丈夫だったようだ。
 今年の夏も超過密スケジュールである。
 これは、多忙な(ホント年々多忙になる。一体何故だ?)ONタイムにより、時間の価値が極限にまで高騰しているため、OFFは休むのではなく、少しでも楽しんでやる、という、休養よりも心の満足を優先させている結果だ。
 7月の3連休。前半2日は少年サッカーに費やした。これはKの下の学年の試合で、Kは来ていない。家族とは完全に離れ離れだ。
 本当は7月21日に休みを取って4連休としたかったが、20日締めの当社は21日に会議が入っており、実は茨城県の大洗にあるキャンプ場を予約するまでに至っていたのだが、キャンセルしていた。
 代わりに取ったのが翌日の22日。
 ここで、本来、20日、21日と大洗に行く予定だったものが20日と一日空いて22日になってなお、その名残で両日とも水戸、大洗方面に行くというプランになっていた。つまりは、20日日帰りで茨城に行き、翌日は出勤して、そのまた次の日に日帰りで茨城に行くというものである。
 子供ができ、会社勤めをし、一見まともな定住生活に身をやつしているかのように見えても、心の中にはまだ旅人のマインドを隠し持っているつもりである。通常は無駄のように感じるこうしたプランも僕としてはある意味チャレンジングなようにも感じ、それはそれで良いと思った。
 朝の5時に出発した我々家族は、9時半ころには目的地に到着した。時間も早かったこともあり、この磯のベストポジションを陣取ることに成功した我々家族は、快適に昼寝ができそうなパラソル付きのチェアを設置、子供たちはさっそく磯遊びを開始した。
 僕は、まずやるべきことをやってしまおうと、何とここで仕事を開始する。潮騒を聞きながらのんびり仕事をするのもまたよしと思い、明日の会議の資料作りができるような準備までこの磯に持ち込んでいたのだ。
 小一時間でそれを済ませると、強行軍の疲れをいやすべく、チェアに深く身を沈めた。しかしどうだろう。僕にとって高騰しきった時間をこうしてむげに費やすことに違和感を覚えた僕は、わずか5分ほどでチェアでの休養を放棄し、海に入っていた。
 1日置いて22日は国営ひたち海浜公園に行く。まずは佐野PA下りで朝食バイキングを楽しみ、この日の目的であるサイクリングをし、夏季限定の水遊び広場で水遊びをし、夜からは戸ホーリーホックの試合を見に行った。
 このチームには少年サッカー時代に僕が指導した選手が出ているので、彼にスタジアム前の駐車場を取ってもらっていた我々はかなり短時間で高速に乗ることができたものの、時間はすでに夜10時を回っていた。

 で、今回のブログで言いたいのはここからである。相変わらず前置きが長い僕である(実際もっと長かったが自分でもウザいと思ったので大分削除した)。

 月曜日の帰りもややその傾向はあったが、この水戸からの帰りはそれに輪をかけて顕著だったのが運転時の眠気である。
 もっと言うと、1年前くらいからこの現象に悩まされるようになってきた。現象というか、要は体力がなくなっただけのことだろうが。

 だが、とにかく昔はこうした無理な旅行計画であってもそういう事はなかったし、眠くなっても、少々休憩をしたり、軽い運動などをすれば大丈夫だったが、今は違う。
 車を降りて運動をしている最中でも寝そうになるくらい、強烈な睡魔なのだ。何べん休んでも、コーヒーを飲んでも一向に止まる気配がない。従って、帰りの車は家族にとって危険極まりないのである。
 高速を降りてピパ子氏と運転を交代した僕は、助手席で即座に眠りに就いた。

 35歳を過ぎてから、自分でサッカーをプレーするにも体力の低下を感じていたが、最近はこうして日常生活でも若いころのようなプランは立てられなくなってきたという事なのか。

 海を前にして、帰りのために昼寝をしなければならないという事なのだろうか。ちなみにピパ子氏の趣味は昼寝なので、磯でもその趣味を満喫されていたが、僕は寝ることは趣味ではない。旅先ではなるべくそこで色々な刺激を受けたい。子供たちにもなるべく遊ぶ時間を作ってあげたい。磯遊びのように子供が勝手に遊んでくれる場ならまだいいが、自分が一緒になって行動するような場で、自分が休憩しなければならないとすれば、彼らもそれに巻き込むことになってしまう。そういう事は出来るだけ避けたい。

 歳をとるにつれ、今まで「普通」だったことが、次々と「特別」に変わって行く。こういう事は、想定していなかった。

 やりたいと思ったことは、できるだけ早く済ませておかなければならない。金と時間の両方を手に入れるタイミングを待っていては、体力というものを失ってしまうのだ。
 あけましておめでとうございます。
 ブログなんか書いている場合ではないのだが、どこかで何か言いたいので、ここがその対象になったというわけである。
 180SXについては車検から戻り、ひとまずロールバーとバケットシートとエアロミラーだけ元に戻した。
 もっと詳しく言うと、バケットシートとエアロミラーは即座に元に戻したが、ロールバーは少し後になった。ロールバーのない状態でしばらく走った後、ロールバーを装着すると、ロールバーのあるなしの違いが良く分かる。言葉で言うとカチッとする、くらいなもんだが、とにかくギャップを超えたときとか、コーナリングのときとか、車の動きが正確に、良く分かるようになる。ちゃんと効いているのだ。よかった。こういうのは時々外してみるのもそういう意味ではいいものである。

DSC08827 - コピー.JPG

 これで戻っていないのは、車高だけ、という事になる。まぁ、車高も落としゃぁ良いってもんでもないし、高けりゃハラも擦らずに済むのでそれはそれで悪くないのだが、カッコという点で言うと、やはりダサい...。もう少し下げるか。いつできるか分からないけど。

 冬休み、とにかく僕は忙しくしている。
 自分で忙しくしてしまっている。

 12月に会社で異動があって、僕は営業になった。今まではうちの会社でオンリーワンともいえる仕事をしていたけど、晴れてフツーの、誰でもできる、特徴もない営業になった。モチベーションダウンはこの上ない。
 しかし、ブーブー言っていてもしょうがない。文句があるなら辞めればいいが、辞めるのはいつでもできる。まずはもういいと思えるまで努力してみることだ。今まで傍で営業を見ていて色々思ったことを、今度は自分でやってみる。それができるのだから、良い機会だ。

 営業自体はオンリーワンでも何でもないが、努力次第では「うるふさんだから買いたい」と言わせることもできるかもしれない。いや、そうなるべきだ。それを実現させられるよう頑張りたい。

 ...とか志すのはまぁいい。
 しかし、できるのか、というところが問題だ。
 実は、これまでのオンリーワンの仕事はコンサルタントという肩書でやっていた仕事なのだが、クライアント1つだけは実は3月末まで自分が担当する。つまり今、2足のワラジ、というわけだ。

 このコンサルの仕事が結構ヘビーで、これをやりながら営業をやるというのはおそらく前代未聞だろう。(会社でオレだけなんだから何やっても前代未聞だが)

 ちなみに、この移動の際、僕は上司(正確には上の上)に、営業をやりつつコンサルも続けたいと言ったが、NGをくらった。そんな中途半端で営業をやってはいかんと。

 まぁ、そこだけ聞けばまっとうな答えだ。しかし、僕がやっているコンサルの仕事は、実にうちの会社らしい仕事だと僕は思っている。いま、うちの会社はどんどん新しいことにチャレンジしている面白い会社、見たいに見られていてそれはいいのだが、裏返せば今まで先輩方が築き上げてきたウチらしさというのをないがしろにしているとも言えなくない。それは、古いものを守りつつ新しいことをやる、という余裕がないので、古いものを捨てて新しいことをやっているからだ。僕のやっていた仕事はその最後の砦だと思っている。

 そのコンサルの仕事は、どうなるかというと、僕の上の人間が担当することになったが、この人も多忙で3足くらいワラジ履いてて4足目くらいになっちゃうので、たぶん事実上続けることは不可能だろう。上の上は「開店休業」状態になることを望んでいるとしか思えない。実に残念だ。

 で、話を戻すと、そういう中途半端はしてほしくないというが、今実際庁中途半端状態なわけだ。コンサルを途中から替えるのは良くないし、契約上も許されていない。しかし、このクライアントも案件も、過去最大級で、実際、これができるんなら、今後も2足のワラジでできると証明できちゃう。オレはやっぱりオンリーワンでいたいし、そうであることが、営業としてもモチベーションになると思うのだが、ダメかね?

 で、だ。

 今日は、ピパ子氏がKとカス子氏をつれて実家に行ったので、本来なら、ドリフトしに行こうが、写真撮りに行こうが、自由である。それこそ車高くらい元に戻そうとか、カフェで(1月2日じゃやってないか)ゆっくり過ごしたりとか、普段じゃ絶っっっっっ対にできないことをできるチャンス。

 しかし、何をやってるか。

 そのクライアントに提出する報告書作ってます。終わらね~。1日かけても全体量があまりにも多いので、微々たる量しか進まね~。しかもオレ、無類の集中力ない男だから、続かね~。

 そして、忙しいのにブログなんか書いている2015年。

 ちなみに、12月に配属になった営業の仕事も死ぬほど忙しいです、ハイ。毎日終電であります。超短期の仕事が毎日のようにバンバン入ってきて、やりきれないので、金になりそうなやつはまじめにやって、ならなそうなやつは適当に済ませて、もっとならなそうなやつは無視する、という見極めが大事なんですが、まだ慣れてないせいか、ひとつこなすのに前任者の5倍くらい時間かかってるし、どうも、手を抜くってのがどうやるのかよくわかんないので、結果的にまじめにやっちゃうし...。

 この状況っていつか、改善されるんですかねぇ。

 果たしてどうなるのか、2015年。

 いつもは今年の抱負なんか書いてたりしたもんだが、ムリムリ。追われるだけの冬休み。そこに子供のサッカーも毎朝朝練やるなんてことになっちゃったし、そうやって外に行けば、家にいる間はたまった家事をやらにゃならんし、もう分刻みですわ。

 でもね、じゃぁ、ヒマになったらどうすんのって言うと、僕は結局ぐうたらに過ごしちゃうと思うんですよね。弱いですから。

 だったら、常に追われているくらいの方が、成長できるってことなのかもしれません。自らできないってどこかでわかってて、「やらされる」環境を自ら作り出している、潜在的にそういう行動を取っている、という事なのかもしれないです、ハイ。

 まぁ、とにかくここに愚痴でも書きながら頑張るといたしましょう。

 ゴールデンウィーク前半から、動悸がするのが気になった。28日月曜日。

 朝起きて、電車に乗った時から自覚し始めた。

 会社について、椅子に座って仕事を始めて1時間しても収まらない。

 翌29日は休み。この日は特に自覚なし。気のせいか、と思った。

 しかし、30日はまた再発。この後3日間悩まされた。

 感覚としては、逆立ちした後のような頭に血が上った間隔と、心臓の鼓動の強さ。脈拍は早くない。心臓が血液を押し出す際に必要以上の圧力がかかっている感じもある。自覚症状的には血圧の上昇を感じた。

 5/3(土)。 実家に血圧測定器があるというので、使ってみると、69-147と出た。2月に健康診断した際は69-102。上だけが45も上がっていた。

 おかしいと思って、そのまま大嫌いな病院に行く。しかし病院で長時間何もせずに待たされている間に動悸は遠のいてしまう。診察を受けた際の血圧は65-121。心電図、心臓レントゲンも撮るが異常なし。この日は土曜で専門の医師がいないため、心配なら平日検査に来てくれとのこと。

 そのまま連休後半は症状が何もないまま終わる。

 しかし、連休明けてまた復活し、今度は次の土日も収まらなかったので、病院を予約。13日に受信し、採血と心電図をとる。ひとまず、不整脈が見つかる。

 このとき、可能性として挙がったのが、甲状腺機能亢進症と心因性。病気としての可能性がなくなった場合、心因性を疑う。

 さらに、ホルター心電図と言うものをつける。24時間心電図を記録し続ける、データロガーのようなものだ。併せて1日の行動を記録に付け、動悸や息切れ、めまいが起きた時間なども記録し、ログと照合するわけだ。

 従って、この期間はなるべく普通の生活をするように言われる。運動、飲酒もOK。なので、両方やる。

 翌14日にホルター心電図を外し、その後出勤。

 ちなみに、この時も病院にある血圧測定器を使ってみた。自覚症状のある最中だったが、65-115と、決して高い値ではなかった。

 結果が出るのは24日。

 今も、動悸・息切れ・めまいが出たり収まったりが続いている。何も症状がないときは、治ってしまったのではないかと錯覚するくらい普通で自覚症状はない。

 しかし、症状が出ると、いきなり2000m級の山登りをしているような呼吸になる。息苦しさと胸の圧迫感。最近は、鼓動を強く感じるよりもそれらの症状の方がより目立つようになった。

 単に、更年期なのか。

 それとも病気なのか。

 心臓に関しては、自分は強い方だと思っていたが...。

 ただ、気持ちは自他ともに認める弱さ。僕は心因性を疑っている。

 結論は24日。果たしてどうなるのか。

 

 ゴールデンウィークの旅行を前にして、久しぶりのオイル交換。
 今回は気が向いたので、添加剤も投入した。
 シュアラスターのLOOPシリーズのオイル添加剤とガソリン添加剤。

KIMG0179.JPG
 おお。
 あの時の超高粘度のドロッドロの添加剤。懐かしい。
 ガソリン添加剤は今回初めての使用。オイル添加剤が良かったので、迷わずこれにした。こっちは水レベルの粘度。ガソリン添加剤だから当たり前か。

 オイル添加剤は粘度が高いので入れるまでに少々時間がかかるので、こっちを先に入れ、口を突っこんだままの状態にして置いておき、その間にガソリン添加剤を入れる。

 後は10分間アイドリングしてOK。

 さて、効果のほどは...。

 それほどでもない。

 たぶん、前回のコーティングがまだ生きているからなのでありましょう。逆に言えば、状態を維持できているという事です。(かなりポジティブシンキング)

 旅行はオートキャンプ場が取れなかったので、バモスと2台体制で車中泊でございます!180SXで車中泊最高!

 果たしてどんな旅になるやら...。楽しみです!

 現在の180SX走行距離:292232km
 今日は、僕の妻であるピパ子氏の誕生日。

 何かプレゼントを買おうと思っていたが、物欲のあまりない彼女。仕事もプライベートも忙しい中だが、何度か早く帰るようにしてプレゼントを探し求めたが、結局選びきれなかった。

 気持ちだから何でもいいと割り切ってしまえば、本当に何でも良くなってしまい、多すぎて選べなくなる。
 しかし、少しでも喜ばせたいと思えば、こんどは決定打に恵まれない。
 そんなまま当日を迎えてしまった。
 今日もいろいろ見たけど、結果は同じ。

 そこで、帰りの上野駅のエキナカの青山フラワーマーケットで花を買うことにした。
 狭い店内だが、男性客は皆無。少々勇気が要ったが、それを払いのけて入る。たくさんの花のいい香りが、その勇気をたたえてくれる。
 あまり大きいのは持って帰るのが大変だし、恥ずかしいから、小さいのにしよう。
 そんな、シャイな男性用なのか、ベストな大きさでかわいくてきれいな花束が目の前にちゃんとあった。
 そういうのがレジから遠い位置にあるのもまた、心憎い。
 肩身の狭い男共はレジから遠いところから入るに決まってる。お見通しなのだ。
 ピパ子氏の好きなピンク色の花を中心に小さな黄色の花がそれを引き立てるように添えてあるものを選んだ。花の値段なんて想像もつかない。いささか冷静さを失いつつも800円くらいの値札が付いていると認識した。
 少々安いが、これ以上デカイと持って帰るのに難儀しそうなので、さっさとこれに決める。

 レジに持っていく。平静を装うが、緊張感は最も高まっている。

 即座に「贈り物ですか」と聞かれる。
 図星だ。

 「オトコが花を買う=贈り物」、という店員の認識なのだろう。ま、確かに、自ら家で生けるために花を買う男は極めて稀だという考えに、僕も同意する。パターン通りの行動ってわけか。見透かされた感があって、少々悔しいが、「そうです」と答える。
 105円でリボンがつくという。所望する。
 最終的な金額を聞いたら、400円ちょっとだった。ではあの800円はどの花の値札だったんだろう。やはり焦っていたのか。

 どんな袋に入れてくれるんだろうか。目下の関心事はそれだ。花が露出した状態はできれば避けたかった。歓送迎会の帰りです、みたいなのは避けたい。

 入れてくれたのは深めの袋で、花全体は完全に袋の中に埋もれた。完璧だ。たぶん、世の中の男の100人中100人が、僕と同じ不安を抱えるはずである。ゆえにそれもお見通しの、マーケティングの一部かも知れぬ。

 無事帰宅。ミッションは成功した。

 いつもより相当早く家に着いた僕。ピパ子氏もまだ起きている。
 彼女は、子供たちと一緒にテレビを観ていた。

 「誕生日おめでとう」
 花束を渡す。

 ピパ子氏の表情が変わった。

 やった。

 これでいい。

 「プレゼントを探したけど、良いのが見つからなかったよ。今度の日曜に一緒に買いに行こう」
 そう、付け加える。

 なんだ。

 簡単じゃないか。

 妻の誕生日に、花なんて。大したことじゃないのに結構勇気が要ったけど。それだけの達成感っていうか、それはある。

 しかし、やっぱり花は嬉しいらしい。彼女のあの表情の変化は、なかなか勝ち取れないんだ。

 いつも言葉には出せないでいるが、妻には感謝している。それが、少しは伝わったかもしれない。
 忙しい...。
 仕事も今とても大きな仕事の大詰めになってて忙しいのに、この時期は自分のサッカーチームと子供のサッカーチームの年度変わりなので、それぞれの総会やら納会やら、役員決めやら、JFAの更新作業やら、立て込んでいる。昼はそれぞれの活動もあるし...。
 土日平日分刻みのスケジュールだ。

 そんな中、僕にさらに新たなトラブルが降りかかる!

クレジットカード停止の宣告
 これである。

 ずっと使っていた、JALカードスイカから、「誠に遺憾ながら下記ご契約のカードの更新を見送らせて頂くこととなりました...」との通知が。これで3月いっぱいでクレジットカードが使えなくなる。4万マイルもたまっていたのに。
 あわててスイカのチャージに移行しようと思ったら、一回の操作で1万ポイントまでで、年2回までということなので、取り合えず1万ポイントスイカのチャージに移行して、それで無理して使ってまた1万ポイントすぐに移行してもまだ2万ポイント残ってしまう。何か無理やり別の何かですぐに使わなければならない。面倒くさい。

 それはまぁ、置いとくとして。

 なぜ、一方的にこんな通知を受けるハメになったのか。これは、読者の皆さんも十分に可能性のあることなのでここにしたためることにする。

 過去、多分もう10年くらい前になると思うが、僕は親の友人関係で1枚のクレジットカードを作るに至った。銘柄はオリコカード。ま、要は親の友人のカード契約者のノルマ達成のために協力して、とりあえず作るだけカードを作った、ということである。親名義で1枚、僕名義で1枚。合計2枚の協力だ。
 親の意思で作ったので、名義は僕だが引き落とし口座は親の銀行口座。もちろん使う気もないのでこのカードは親が持っていた。
 そして昨年の何月頃だったか、とにかく半年くらい前だと思う。オリコカードから1通の通知が届いた。
 内容は忘れたがとにかく「未払いの金があるが一体どうなっているのか。事情があるなら聴く用意があるので一方欲しい」的な内容だったように思う。もちろん字面はもっと丁寧な言い方だが、それでいて威圧感のある内容だった。
 連絡してみると、年会費とインターネットプロバイダの支払いで合計2千いくらの支払いがなされていないとのこと。このプロバイダはもう解約したが、旧うるふの怪しいホームページで使っていたプロバイダである。ネット銀行から即座に振込み完了。しかし、オリコカードは強制的に解約された。別にいいんだけど。
 しかし、なぜ今まで親の銀行口座から滞りなく落ちていたはずなのに、今回に限ってなぜ?

 原因はこうだ。

 カード更新時期を迎え、新しいクレジットカードを登録していた住所に送ったが、本人手渡しを条件とした送り方をしたにも関わらず、本人不在が続いたためカードがオリコに返却されたのだという。そのようなことがあったカードは一旦停止するという。停止したのにプロバイダからの請求が来たので、それを支払え、ということだったようだ。
 本人が居ないというのはどういうことかと言うと僕が実家を出て引っ越したからである。
 しかし不思議なのは親元を出たのは2001年くらいの頃で、更新時期は何度も迎えているはずで、今回だけではないはず。しかも更新カードは新しい自宅に届かなかったのに、支払い延滞の通知はなぜか新しい自宅に届いている。謎だ。
 まぁ、とにかくオリコから言わせれば、契約者の住所が変わったのに、それを「遅滞なく報告する」という規約に反して、僕は報告義務を怠ったわけである。僕にとってみればそっちが作ってくれって言うから協力してやったつもりでも、使ってないんだから無視!というつもりでも、オリコにしてみれば、「はぁ?こっちはテメェに金貸してやってんだよ。そんな有難てぇ所に引っ越した先を報告しないって、どこの世界にそんな非常識が許される国があるってンだ、あ?コラ?」と言う訳である。(オリコにそう言われたわけではありません。オリコ側に立って考えた私の推測です)
 そういう信用ならんやつのカードは即停止、ということだ。
 ま、これで金も払ったし、意味不明のカードとも縁が切れて逆にせいせいしたぜ、と一件落着と当時は思っていた。

 しかし、事件はこれで終わらなかったわけである。

 JALカードスイカからの今回の一方的な更新停止の知らせ。通知にその理由は一切書かれていないので状況から判断した予想に過ぎないが、原因は上記オリコの一件としか考えられない。
 つまりは、オリコカードが強制的にカード停止をした人物として、僕を追加したわけである。JALカードスイカを運営しているビューカードは更新時期に伴い、利用者の与信状態を再確認したところ、僕が他のカード会社(つまりオリコ)から三行半を突き付けられたヤツ、という情報があったので、ビューカードとしてはそんな危ないヤロウを更新させるなどまかりならん、という判断を下したというわけだ。

 ここで得た教訓はこういうことだ。

 軽はずみな理由でとりあえず作ったカード。
 使ってないからいつの間にか忘れ去り、住所変更や携帯番号、メールアドレスの変更など連絡先関係を更新していないというケースは多々あると思う。別に年会費もタダだし、使わなければいいんだろ、くらいに思って無視していたカードはないだろうか。しかし、僕のようにこうしたことが原因で勝手にカードの更新を停止され、「信用ならんヤツ」という烙印を押され、ブラックリスト化される可能性があるのだ。

 その情報はたちまちメインのカード会社も参照することとなり、自分にとって全く無意味なカード会社によって、メインのカードも使えなくさせられる恐れがあるのである。

 この一件により、このクソ急がしい時に、カード払いになっていたものをすべて銀行引き落としに支払方法を変更しなければならなくなった。ETCも使えなくなる。カード払いのみのサービスはやめるしかない。今までの生活を大きく変更することを強いられるのだ。

 このクソ忙しい時期に工数をかけて自らの生活レベルを下げる作業を地道に行う。全く腹立たしい。

 ぜひ、お気をつけ頂きたいと思って記す次第である。
 
 30万kmの大台目前にして、走行距離が伸びておらず足踏みが続いている。
 そんな中、ついに180SXのエンジンが始動不能という事態に陥った。走行距離が延びてくると、いったいどのようなトラブルが起きるのだろうか?タイミングベルト切れ?(180SXはタイミングチェーンだが)、オイル漏れ?いや、もっと深刻なトラブルかも...。

 しかし、今回はそのようなものではない。

 何か。

 エンジンキーの摩耗である。

 キーの摩耗については前に書いたが、wolfkai.comになる前だったので、その記事は今はもうない。

 摩耗したキーをずっと使っていたのだが、先日ついに...。

KIMG0098 - コピー.JPG
折れた...!

 のである。

 30万km近く走行する間には何度となくこのキーを抜き差ししているわけである。ドアを開ける時、トランクを開けるときなど、1回走行するにもキーの抜き差しタイミングは何度かある。こうする間に、キーはどんどん摩耗していくのである。冷静に考えれば当たり前のことだ。

 幸い実家の近くだったので、実家からスペアキーを持ってきてもらい、大事には至らなかったが、これが出先だったら結構深刻なトラブルであっただろう。
 JAFを呼ぶ最大のトラブルはキーの閉じ込めだというが、キーの摩耗によるエンジン始動不能というのはおそらくないのではなかろうか。

 自動車雑誌などでも長距離走行車でありがちなトラブルがいろいろ挙げられているが、キーの摩耗というのは自分は見たことがない。しかし、実際になってみると相当悲惨だ。

 自分はそうはならなかったが、折れたキーの先がシリンダー内に閉じ込められたりすれば目も当てられない。もちろん、車内に入ることもエンジンを始動することも不可能だ。

 走行が伸びてきたら、キーを2本持つ、という対策もまた必要であろう。

 ちなみに折れたキーでエンジンをかけようとしてみたが、当然ダメだった。

現在の180SXの走行距離:291780km
 最近、僕はやる気を失っている。
 完全に無気力モードという訳ではない。しかし、昔のようなパワフルさもまた、確実にない。
 とにかく昔―10年ほど前―は、朝4時に起きて、始発でアキバに行き、朝マックしてから出勤していた。主に投資の勉強をしていた。現在の、株、投信、FXという体制はここで築かれた。今はその頃のまま、ただ買い増しているだけで投資にはほとんど時間をかけずに済んでいる。
 ほかのいろんな勉強もその時にした。今はもうほとんどそんなことはしていないが、このころ学んだことが今でも役に立っている。
 サッカーもだ。大人の方で自分が代表をやっている方だ。10年前までは耐え続けるだけだった。しかし、今はチームはいい雰囲気だ。

 しかし、今はどうだ。

 変わったのは仕事量。平日は仕事で終わり、帰る時間は当時よりずっと遅くなった。朝も早く起きることができなくなってきた。今の自分が一番甘いと思うのがこれ。本当に布団から出れない。歳をとったにもかかわらず、仕事量は当時よりずっと多い。それが原因か。しかし、昔はとにかく起きていた。飲み会の後でも早起きだった。
 そう言えば、飲み会に積極的に行こうという気も失せてきた。僕は飲み会は自己投資だと思うから、基本的には行くのだが、最近はそうでもなくなった。翌日を気にするようになった。

 10年前までと一番変わったのは子供だ。当時はいなかったが今はいる。
 前述の通り、平日は仕事で終わる。休日は子供のサッカーと自分のサッカーで終わるようになった。休みが休みでない生活だ。

 それは、まぁ、分かる。

 しかし、不安なのは、こういう仮説を立てた時だ。

 「もし、子供のサッカーと自分のサッカーがなかったら、やりたいことはあるか?」

 この問いに、僕は即座に回答を出せない。
 昔はやりたいことがいっぱいあった。読みたい本、行きたい所、作りたいプログラム...。車も改造したい所はいっぱいあった。買いたいものもいっぱいあった。
 だが今は...。
 ない、と言うとそれもちょっと違うが、当時のような想いの「強さ」がない。「やりたいけど...。別にできなくてもいいや」ってそのくらい。

 当時の僕はこう思っていたはずだ。

 「その程度のやりたさじゃぁ、本当にやりたいわけじゃないし、どうせ出来ない。本当に心の底からやりたいと思わなかったら、できないし、成功もしない」
 そうだ。その通りだ。今も、そう思う。

 しかし、そうしてまでやりたいことがない。
 ヤバイ。

 この状況をなぜヤバイと思うのか。それは、欲求は成長だと思うからだ。カッコ良くなりたい、金持ちになりたい。モテたい。何でもいい。そういう欲求が初めて己を動かす。だから成長する。やりたいけど別にできなくていいやなんてレベルで成長するだろうか。するわけがない。

 いま、寝る間も惜しんでやっているのは(いや、そうするしかない)、サッカーだと思う。大人と子供。自分のチームの代表としての仕事と、子供のチームのコーチとしての仕事。いつ終わるとも知れぬ仕事。

 今ぼくは、10年前の人知れぬ努力の恩恵を受けて生活している。しかし、今はそうした投資があるだろうか。今から10年後、僕はどこの努力を糧に生活しているのだろうか。
 今はいい。子供のため、という社会的にとっても疑いようのない、理由がある。しかし、それに甘えて投資(お金だけではない、自己投資)できていない。10年後は、多分子供も我々の元から旅立つだろう。再び、ピパ子氏と二人だけになる。
 単なる惰性で生活したくはない。常に何かを目指して生きていたい。その方が楽しいし、絶対に長生きもできる。10年後を支えるのは今なのに。

 そう思ったとき、僕はこの日記に戻ろうと思った。
 やりたいことがない?だったら、この日記をつければいい。この日記が全ての原点だった。教師を辞めた時、自分を売るために、成長させるために始めたのがこの日記だ。目標を失ったら、とにかくこれをやればいい、というのがある、というのは心強い。

 できる時でいいから、この日記だけは守って行こう。
 

 先週の日曜、ウィルコムのストラップフォンを紛失してしまった...。

 最後に使ったのは日曜夕方で、しかも自宅だったので、出てくると期待していたが...ない。

 さすがに電話&携帯メールないまま10日以上たつのはきついので、いよいよ諦めて購入を検討。

 今回は電話番号変更も辞さず、ピパ子氏と同じソフトバンクへの乗り換えや、b-moboleなども検討したが...。

 やっぱりまたウィルコムかな...。

 

 ストラップフォン、気合入れて発売日に買ったのに...。

 メタルキングのストラップに付け替えたばっかりだったのに...。

 残念。

 

 買った瞬間、出てきそう。

 世の中そんなもんです。

 予定外の出費、痛すぎる。

 

 ちなみに180SX現在の走行は291,305km。

 少し前の話である。
 夏休みはKと2人で恒例の「探検の旅」に行った。これは、通常の家族旅行では、Kの求めるようなハードな体験がピパ子氏と長女カス子氏はついてこれないという理由で男二人旅が始まったのである。
 Kが小学2年から始めたから今年で3年目になる。

 今年は、日帰りながら本格登山ということで、甲斐駒ケ岳に登った。
 甲斐駒ケ岳は、全国に18ある「○○駒ヶ岳」の中での最高峰となり、標高は2967mある。
 我々は長野県側から入るルートを選択した。交通規制があるので、仙流荘という所から約50分バスに乗り、登山口である北沢峠まで行く。歩きはここからで、我々が登山を開始したのは6時45分。もっとたくさん人がいるのかと思いきや、バスから降りた人のほとんどは反対側にある仙丈ヶ岳の方に行ったようで、甲斐駒ケ岳側の登山道は視界には僕とKしかいないという状況で、時々先行者を追い抜いたり、途中で休んでいると後ろから時々人が来る、というレベルである。
 僕が持っていたガイドブックにあったルートとは逆コースをたどる。北沢峠→双子山(ふたごやま)→駒津峰→甲斐駒ケ岳→摩利四天→駒津峰→仙水峠→仙水小屋→長衛小屋→北沢峠というルートである。深い意味はなかったのだが、バスを降りて目の前のコースを歩きだしたらそうだった、と言うだけの話。
 しかし、多分こっちのルートの方がずっといいと思う。逆回りは仙水峠→駒津峰間が相当な急登が延々続くことになる。我々はそれを下ったわけだが、ガイド本通りのルートだとあれを登ることになるのだがらぞっとする。
 さて、駒津峰まではまぁ、若干急だったが普通の登山である。駒津峰を降りた後、甲斐駒ケ岳になるわけだが、ここからはもろい花崗岩帯で、足元は剥離した小粒の花崗岩が堆積して滑りやすいルートである。

DSC05409 - コピー.JPG
【駒津峰方面から見た甲斐駒ケ岳直登ルート。この尾根を登る】

 甲斐駒ケ岳は「直登ルート」と「巻き道」があり、「直登ルート」は岩登りである。
 Kはこの、岩登りをしたいわけである。Kの中で探検=岩登りという図式があるらしい。分からんでもない。
 このように願うチビッコにとって甲斐駒ケ岳は大満足の山だと思う。岩登りのレベルは大人でも躊躇するようなポイントはいくつもあるも、よほど突飛な行動をしない限り、二度と助からないところまで滑落するようなところはあまりない。
 大人がきちんと指導すれば、「難しい山だったけど、僕は登れた」といういい達成感と経験をさせられる山だと思う。
 巻き道の方は下りで通ったが、どちらかと言うとこっちの方が滑ってそのままコースアウトとなりそうな箇所ばかりで、ある意味こちらの方が危険では?と思われるところも多かった。ほとんどの人がそうしていると思うが、登りを「直登ルート」、帰りに「巻き道」をとり、摩利四天を経由して駒津峰に戻る、と言うのがいいと思う。

DSC05450-コピー-.jpg
【下りの「巻き道」。大変滑りやすい】


 さて、甲斐駒ケ岳の登山については、他のサイトに詳しいのがたくさんあるのでそちらを参照されたい。僕とKは標準コースタイムよりもだいぶ早いペースで甲斐駒ケ岳山頂に到達し、もし時間があったら、というつもりでいた摩利支天にも行くことができた。
 先ほど少しふれた駒津峰からの急坂は後半森の中である。少しペース遅めの親子(と言っても子供も多分成人している)が居たが、どうも道を譲ってくれない。帰りのバスにはまだ余裕があったので我々も着かず離れずペースを合わせて下った。太ももと膝がいい加減ヘロヘロになった頃、ようやく仙水峠に出た。

DSC05453 - コピー.JPG
【仙水峠。岩場がしばらく続く。左に森があるがルートは平行線をたどり、なかなか入ることはできない】


 事件はそこで起こる。

 仙水峠に出ると、それまでの森を抜け、一気に岩場になる。溶岩と思われる黒くてとがった岩が転がる、鬼押し出しを思わせる風景である。色々な人が岩場を縦横無尽に歩いているせいか、ルートが見つけづらい。岩しかないのでコースを示す赤テープもあまりないし、見えにくい。
 足場となる岩についているので、踏まれて落ちてしまっているものも相当あるのだろう。
 ここで、大粒の雨がポツリ、ポツリ、と降り始めた。
 道も開けたので、件の親子をそこでやり過ごす。暫くはペースの遅い雨脚と付き合いながら普通に歩いていたが、徐々に雨脚が強くなって来た。

 そう思ったら変化は速かった。加速度的に雨量が増した。
 左側から森が近付いてきたので、あそこに入れればと思ったが、ルートは無情にも森に向かわない。いつしか僕たちはずぶ濡れになってしまっていた。

 さらに事態を悪くしたのは雷である。

 雷鳴は先ほど歩いてきた駒津峰のルートの方から聞こえていた。雨脚は強かったが、雷はまだ遠かった。急ごうと思ったが、岩場の足元が滑りだした。こんなところで転倒すればつまらないことになる。急ぎつつも慎重に足を進めた。左手に見える森はつかず離れず一定の距離を置いたままで、我々をその中に入れてくれようとはしない。

 と、今度はいきなりこれから行こうとするルートの先でバリバリという爆音が轟き、目をくらますほどの閃光がほとばしる。恐ろしかったのは、雷の音が頭上ではなく、目線の高さで発生したことだ。

 いつしか、視界も悪くなっていた。自分たちが雷雲の只中を彷徨っていることを自覚した。

 そう思った刹那、今度は背後でまた爆音である。バリバリ、ダーン!という、地響きを伴う爆音なのである。しかも、バリバリとダーンが殆ど同時。ついさっき歩いて来たあたりのように感じる。それが自分と同じレベルの高さから聞こえてくるのである。

 次は、自分の目と鼻の先で雷が発生するやもしれぬ。それは、多分誰も見たことのない、雷の発生の瞬間と思われるが、その瞬間自分は電撃に打たれているに違いない。

 突然、恐怖に陥った。軽いパニックになった。進むか、戻るか、どうすれば良いのか分からない。道はこのまま僕とKを岩場に晒したまま続いているのだろうか。いや、この状況下で森の中が安全なのかどうかもわからない。

 そう考えると今度は頭上で再び爆音。同時に地面が揺れる。どこか近くに落ちていることは間違いない。

 僕は、荷物と金属製の持ち物すべてを放棄し、少し離れた岩陰にツエルト1枚で身をひそめることにした。たしか、何かの本にそう書いてあった。

 しかし、岩陰なんて言っても大した所ではない。わずか10センチか20センチのくぼみである。頭は何とか隠せたが、入ってみれば背後に大きな隙間があり、別の岩の突端から、結構な勢いで雨水が流れ込んでいた。背中にそれが当たり、容赦なく体温を奪う。Kは寒さで膝が震えていた。

 寒い。いつまでこうしているべきか。体を濡らすことがこれほどまでに体温を奪うとは。耳に聞いただけだけの知識が、いかに自分の身になっていないかを後悔した。
 落雷は続いている。遠い時もあるが、すぐそこのときは、そのたびに地面が揺れる。

 一度、バリバリ!という鼓膜が破れんばかりの音がして爆音&地響きがほぼ同時に訪れた時は死んだと思った。生きているのを確認した後は、先ほど放棄した自分の荷物に落ちたんだ、と思った。

 バスが行ってしまえば、どこかで夜を明かすしかない。山小屋にでも入れればいいが、そうでなければこの濡れた服では確実に低体温で死ぬ。ましてや今ので荷物も黒コゲになったとしたらもう何もない。

 しかし、外に飛び出せば、落雷で死ぬ。このまま岩場でウロウロしていれば、雷の格好の標的だ。

今、死ぬか?
夜、死ぬか?

 できれば、少しでも死期を先延ばししたいが、夜になれば「確実に」死ぬ。しかし、今飛び出せば死なない可能性もある。死んでも雷なら多分一瞬で死ねる。寒さでジワジワ死ぬのは辛かろう。

 そんなことを考えいたとき、目の前に若い男女のペアが現れた。
 「大丈夫ですか」
 人の声が、これほどの安堵感を与えるとは思ってもみなかった。

 「2人ですか」
 僕は聞き返した。傘をさしている。雷に傘はタブー、と思っていた僕には驚愕の光景であった。
 「4人でしたが、2人は遅れています。皆さんはどうしますか。このままここで待機しますか。」

 「K、行こう!」
 Kを置いて脱兎のごとく岩場を飛び出し、荷物を見に行く。黒コゲにはなっていなかった。しかし、こちらも岩の先からジャァジャァ流れる雨水を間断なくかぶっている状態であった。
 Kと自分のリュックをひっつかみ、Kの元に舞い戻った。水を含んだリュックはずしりと重かった。ザックカバーも持っていたが、装着する間もなかった。濡れたザックを背負った。カメラも会社のiPhoneもAndroidタブレットも入っていたが、たぶんすべて雨によって死んでいることが推測された。

 さっきの二人は視界ギリギリのところに進んでおり、傘の先端を岩に見え隠れさせながら進んでいた。

 自分は軽量のウィンドブレーカーを着たが、防水性はない。Kにはツエルトを被らせ、小走りにルートをたどった。

 ここからはさながら戦争映画である。

 雨はさらに強さを増し、雷もそれに伴った。僕とKは傘をさしている2人とは一定の距離を置いて追従した。落雷の爆音と地響きは依然続いていた。運を天に任せるとはこのことである。次の雷はどこで発生し、どこに落ちるのか。逃げているのか、自ら死に向かっているのか、全く分からない。分からないならとにかくゴールへ向かった方がいいというただそれだけであった。

 時間はまだあるはずだが、そうは言ってもゆっくりもしていられるわけではなかった。こうなったら突き進むしかなかった。

 永遠と思える岩場がついに終わりを告げた。左手にずっと平行線をたどっていた森の入口がようやく僕たちの方に近づいてきた。そして、道は森の中に吸い込まれていた。唯一つ、普通と違っていたのは、その道は森に入ると同時に川になっていたことである。

 森に入ると、もう一組の若い男女が様子を見て待機していた。当然のごとく上下雨具を着用し、ザックカバーもなされている。濡れていないだけ、余裕が見て取れた。

 先ほど前にいた男女の組が声掛けしたのかは知らないが、6人になったパーティーは無言で森を走り始めた。道は周囲の水を集め川になっていた。時に濁流となっている個所もあったため、全員がその川の周りの歩道外を歩いた。本来、こういう所を歩くことは許されない。しかし、ダメと知りつつやはり自らの命の確保を優先した。

 僕は眼鏡に水しぶきがついてとにかく視界が悪かった。外せば今度は近眼のために視界が悪い。暗い森の中なので余計に見えが悪い。

 「K、赤いテープがあるか、常に見ていてくれ」

 雷は容赦なく落ちまくっている。森の中とて安全かどうかは知らない。雷は木に落ちる。しかし、これだけの木があれば可能性は分散される。先ほどの岩場よりはだいぶ安心感はあった。

 今、心配なのはルートのロストである。登山道は川と化しており、無意識のうちに川をたどっていたが、実際、川イコール登山道とは限らない。ところどころ川は別の本来の登山道とは別の方へ逸れ、登山道は陸に上がって、隣の「川」の中に突入している個所がある。

 それを見落して川をそのまま進んでしまえば、迷子になってしまう。目の良いKに登山道を示す赤テープの確認を依頼した。

 正しいルートを示すこのテープは、平穏な山しか登ったことのない頃は「こんなのなくても道なんか間違えねぇよ」と思っていたが、こういう時に必要なんだと認識を改めた。今自分が正しいルートを歩いているのか、不安になった時、テープが見えたときの安心感といったらない。自然の猛威に翻弄され、自らの無力を完膚なきまでに教えられたとき、わずかな人の痕跡がこれほど頼もしく感じるとは。

 6人は、それぞれ一定の距離を置いて森を突き進んだ。それは、「何か」あっても全滅することのない布陣だった。暗黙のうちに、そうなっていた。

 iPhoneしか時計を持っておらず、そのiPhoneさえこの雨が来る前に充電が切れていたので時間感覚は全く不明であった。

 しかし、森の中をとにかく走って走って走りぬいた。すると、この状況下に完全にマッチしない人工的なモノが目の前に現れた。

 テントである。

 近づくにつれ、2つ、3つと見えてくる。自炊しているヤツもいる。我々の緊張感とは隔絶したのんびりとした光景であった。仙水小屋に着いたのである。

 テントに雷は落ちないのか?

 しかし、当の彼らは普通に「生活」している。この雨じゃ、テントで静かに過ごすしかないな、といった実にのんびりした空気である。拍子抜けしたのは言うまでもない。

 仙水小屋の軒先で20分ほど雨宿りさせてもらう。残りの2組4人の男女ペアはそのまま下った。ここでようやくザックカバーを装着する。Kのザックカバーは落雷のとき一時的に荷物を放棄した場所におきっぱなしになったことがここで判明した。

 Kはツエルトのかぶり方がグシャグシャだったので、正しくかぶらせ、雷が少し遠のいた。ちょうどおじさん2名の組が北沢峠方面に歩いて行ったのを合図に僕たちは再び小屋をたち、彼らに続く。

 しばらくすると川に出た。水は先ほどの森の中とは違い、澄んでいたが、増水していた。

 そのわきに登山道は続いている。丸木橋があって川を渡るときは少々あせったが、さっきの雷に比べれば造作もない危険性だった。

 雷は峠を越え、雨だけになった。その雨もしばらくすると小降りになった。

 Kは暑いのでツエルトはもういらないと言い出した。体温の上昇が勝って来たのだ。状況の好転を感じた。

 「K、山を降りたら、ラーメンが食いたいな」
 「ラーメン、いいねぇ。でも、昨日の温泉にまず入りたいな」
 「温泉、最高だな。たしかに、まず温まりたいな。」

 やっと出た、のんきな言葉。時折、日差しも見えた。帰れる可能性が出てきたことを感じていた。
 昨日の温泉とは、バス乗り場にある仙流荘の日帰り風呂のことで、昨日も利用していたのである。

 長衛小屋が見えた。車も走っている。人もたくさんいた。おじさん2人は長衛小屋に入って行ったが、僕とKはそのまま北沢峠を目指した。

 北沢峠のバス待ちは再び森の中。ずぶぬれの僕たちに再び寒さが襲う。仙丈小屋まで一緒に歩いた男女のペアの方が僕たちにタオルを貸してくれた。厚かましくもお借りし、ずぶぬれ度合いはだいぶ改善された。ザックの中を全て濡らしてしまった僕たちにとって、乾いた布の感覚は何ともいえず心地よかった。

 本来のバスの時刻までは30分以上あるが、人が多いので定時以外の臨時バスが出る、という話をしている人がいたのに期待する。

 確かに、バスは最終の30分前に1台現れ、僕たちを乗せて出発した。乗るや、Kは眠りについた。

 その後は、ズブ濡れになりつつ思い描いた通りのことをした。仙流荘で温泉に入り、茅野に出てラーメンを食べた。

 「K、生きて帰れたな」
 「本当にそう思うよ。普通、生きて帰りたいとか、思うことないよ」

 山の天気は変わりやすい、というのはだれしも知っている事実だが、今回はその教訓が行動に反映されなかった。スリングや安全環つきのカラビナなど、滑落に対する装備はあったが、「晴れ」という予報に甘え、雨対策が今回は甘かった。とにかく体を濡らしたら終わりだということを身をもって知った。

 今から考えれば、タープを1枚持っていたのを思い出した。仙水峠に戻り、森の中で木々にこのタープを張ってやり過ごせばよかったのである。しかし、結果を知ってからだったら何とでも言えるが、最終バスが迫る中、冷静に雷が去るのを待てただろうか。

 とにかく、今回は山の恐ろしさを知った。それは当初何度も心配した甲斐駒ケ岳の岩場ではなかった。
 物欲は連鎖する。
 これは、少し前に僕が気付いた真理である。そして今もまだ、この仮説が間違えているとは思っていない。

 物欲の連鎖には2種類ある。
 禁欲との戦いに勝ち、最初に購入したものとの関連商品を購入するのが最初の段階である。カネを温存させるべきか、それを買うことによって得られる便益を取るべきか。その結果、「便益」を取って新たな商品を購入した場合、その便鋭気を更に完全なものにしたり、加速させるためにその周辺機器を購入するというのが最初のパターンである。つまり、フェーズ1だ。

 今回、僕はWindows8タブレット機である富士通のARROWS Tabを購入したわけだが、フェーズ1としてその周辺機器も購入してしまった。

 そして、その案件が周辺機器も含めて一段落する。僕はこれを「均衡を取り戻した」などと表現しているが、そのような状態になれば物欲が収束するのかと言うと、実はそうではない。

 それと関係ない、全く新しいものに物欲が波及するのである。これが、フェーズ2である。

 フェーズ2は心理的な要因に起因する部分が多いように思う。

 物欲と言うのはいろいろなものに対してあるのであって、それは顕在化されているものもあれば、潜在意識の中にあり、自分でも気づいていなかった物欲もある。そういうものが常に同時多発的に、心の中に存在しているのである。

 物欲とはすなわち、向上心である。もっと良くなりたい、もっと便利になりたい、もっと快適にしたい、という向上心の一つであって、僕は人としてそれを失ってはいけないと思っているので、物欲と戦うことはあってもそれを悪いとは思っていないし、それゆえに押し殺そうともしていない。

 そういうことであるから、僕は心の中に何匹もの物欲を飼っているのである。

 そして僕はその一匹に、餌を与えてしまった。そうすると、他の物欲に餌を与えない理由が薄れてしまう、もしくは薄れたように感じてしまうのである。今まで我慢していた時よりも、ハードルはずっと低くなってしまうのだ。

 一つのモノを買う時にはいろいろ雑誌などを調べたりするときに、一緒に載っている他のいろいろなモノを見てしまい、潜在的な物欲が顕在化してしまうということもあろう。

 一つのものを購入し、買う楽しさや買った後の快適性を体験してしまうと、更なる快適や買う興奮を味わいたいと思ってしまうというのもあるだろう。忘れていた、「買う」快感。それが蘇ってしまえば、抑えるのには苦労する。当然、負けることも増えてくる。

 僕は、なぜか自宅の水槽をすこしグレードアップさせてしまった。
 今までは、水槽とエアーポンプだけの殺風景な水槽のままだったが、水草とヤマトヌマエビを導入した。水草と土の環境は色々あって以前失敗しており、結局その殺風景状態になっていたのだが、リベンジに出てしまったのである。
 きっかけもある。これまたいろいろあるのだが、とある雑誌にアクアリウムを趣味にしている人の事例が載っていて、それに影響されたのは確実である。
DSC05642_.JPG

 台風が来ている間、どうせ家にいるしかないし、なんていうしょうもない理由で正当化させたりしてやってしまった。

 ま、これは大した支出ではないんだが。(それも自分を納得させる理由か)

 台風と言えば、この水槽がひと段落した後、台風が来ている間、外にも出れないので映画を観たのだが、もっとデカイ画面で観たいとか思っている自分がいて少々恐ろしくなった。このままテレビでも買ってしまうんじゃないかと思ったからである。

 確かにウチは、まだブラウン管テレビである。地デジになった時にもチューナーのみで買い替え欲に耐えた。それで別段大きな不便はなかったはずだが、潜在的な物欲としてはあったのだろう。

 さすがに、テレビを買い替えることはないと思うが、さっき家で仕事でA3横型用紙サイズの提案書を作っていたのだが、「画面が狭いな~、家でやるときくらい広大な画面で仕事できたらな~」なんて思ってて、「ディスプレイ」という名目で...。なんて考えている自分がいて末恐ろしくなったのである。

 僕ってすごい向上心があるんだなぁ。
 新たにWindows8機を導入した。富士通のARROWS Tab Wi-Fiである。1年も前に発売されたやつで、中古で購入した。
 いつもの衝動買いである。
 やっぱり仕事を出先で最後までできないとしょうがない、というやむにやまれぬ理由である。否、そのように理由づけて自分を納得させた、とわずかに記憶している。買うときはもう冷静さを失っていた。

 Widows機はすでにSONYのVAIO Zを持っているので、かぶることになる。同じ持ち運び可能なWindows機を2台持って、どう使い分けるのか。使い分けられるのか。事実上、メイン機が決まってしまうのではないか...。そういう心配は、あった。

 さて、Windows8は初めて触ることになったが、結局Windowsボタンを押すと、タイルが出てくる、というくらいで、デスクトップ画面にしてしまえば7と大きな違いはない、という感覚でしかない。細かいところは違うが、ほとんど「慣れ」のレベルで何とかなる。

 今の感覚はそんなところで使用できている。

 Officeは非搭載だったので、こちらも新しい試みとしてOffice365を使っている。僕はExcelのマクロも使うし、パワーポイントも使うので、やはりWindowsが必要なのだ。現在は30日無料試用期間内。

 やはり、当初の目的通り、仕事を最後まで完了させられるところはAndroid機と比較して隔世の差がある。

 また、バッテリーの持ち具合もすこぶる良い。行き帰りの電車内で使うくらいのことであれば、3日くらい充電しなくても全く問題なし。
 そして起動時間も短い。スマホと同じ感覚で使用できる。
 防水機能があるのも気に入っている。雨に濡れても大丈夫だし、風呂場でも安心して音楽を聴いたり、YouTubeを見たりできる。
 僕は、風呂場をひとつのリラックス場所としており、音楽を聴きながら本を読んだりしていて、今までもスマホやAndroidタブレット機を恐る恐る持ち込んで使っていた。
 しかし、ARROWS Tab Wi-Fiは、30分間水没させても大丈夫という防水性能であるから風呂だろうが水辺だろうが雨天時だろうが連れだせる。しかも重さはカタログスペックでは574gしかない。軽くてタフであるということは、それだけ過酷な場所にも連れて行けるということであり、それはすなわち一緒にいられる時間が長いということだ。

 Windows8のタブレット単体でOfficeを使うというのはどういうことかと言うと、画面の半分くらいをソフトウェアキーボードが占有するということで、パワーポイントなどを使用するときは若干の不便さを伴う。
DSC05637.JPG
 しかし、できるかできないかと言うと「できる」であり、この差は大きい。
 ただ、Webなどでは弊害もあって、実はOffice365の申込時、Webの子画面が出てきてそこに認証用の電話番号を入れるはずなのだが、キーボードが邪魔で画面外になってしまった。キーボードを消しても改善されず、本体を回転させて画面の再描画を試みたりしたが、改善されることはなかった。
 仕方なく、携帯電話番号を入力を完了せぬままIEを閉じたが、認証していないにもかかわらず、なぜかOffice365の試用は可能となっていた。

 あとはまぁ、エクスプローラなどの細かな画面は指タッチで操作するのは若干難しい。僕は詳細表示が好きなのだが、そういう細かいモードだと目的のファイルを動かそうと思ったら隣のファイルになってしまったり、スクロールバーを動かしてスクロールさせようとしたのに、ファイルを移動させてしまったりなど、結構あせらせられることがあった。

 しかしそのあたりに気をつければ、すこぶる快適である。

 さて、これまで持っていたWindows7のVAIO Zとの棲み分けはどうなったのか。
 これは、操作性とマシンスペックでいうと、やはりノートブックパソコンに明らかに軍配が上がる。自宅で作業をするなら絶対にVAIO Zを使用する。外ならタブレットだ。
 僕は、自分の仕事やら何やらはすべてmicroSDに入れているので、挿し換えればどのマシンでも作業ができる。

 これでますます、スキマ時間を内容の濃いものにできそうである。もはや、スキマ時間とは呼べないほどに。

 なんか最近、オレの脳がヤバイ気がする。

 金曜日くらいから頭の左半分と首から肩にかけてなんか「モワッ」とした感じがある。

 鼻をかんだりすると、頭頂部が軽く痛い。

 頭痛もよくあるのだが、この痛みはちょっと違う。傷があるような、けがの治りかけがまだ痛む、みたいな感じの痛み方。頭痛とは質の異なるものだ。

 プチ「脳溢血」にでもなっているのか?

 出血量が多くないから大事に至っていないだけで、出血自体は起こっている、というのは結構あるらしい。

 脳溢血の原因を見てみると、高血圧・肥満・喫煙というのが繰り返し出てくるが、僕はどれにも該当していない。

 だからと言ってリスクが少ないだけで、ならないというわけではないけどさ。

 会社の健康診断に1万くらい追加すると、脳のMRIとかも受けられるらしいから、今度申し込み方法聞いてみよう。

 ま、Kもカス子氏もだいたいのことはできるようになったし、ピパ子氏の家庭運営能力は極めて高いし、僕が死ねば十分な保険が下りるようになっているから、心配は一切ない。

 死にたくない理由としては、死ぬのがコワイという気持ちと、いよいよ今度はオレが遊ぶ時だぜ!という邪念程度でしかない。

 180SXの次、どんな車に乗ってやろうか、とか、また、バカな旅に出たいとか...。

 床屋である。今日、行ってきた。タイトルにあるように実に35年ぶりである。
 35年という数値の正確性というところであるが、実際は記憶にない。しかし、確実なのは七五三で、5際のとき。どう少なく見積もっても30年ぶりは固い。 とにかくそのくらい行ってない。
 ここまで来れば30年だろうが35年だろうがどうでもいい。どっちにしろ非常識である記録には違いない。 
 では僕は仙人のように長い髪なのかと言えば決してそうではない。どこで切っていたか。それは実家である。床屋嫌いの僕はこの歳まで母親に切ってもらっていたのだ。
 僕の母が床屋だったとかそういうことはない。単なる主婦であるからして、決してうまくはないのだが、まぁ、月1回くらい僕のを切っているから、シロウトなりにうまい、というレベルであると思う。
 僕は、床屋で順番を待っているのが何となく嫌だったし、知らない人に身体を触られるのもあまり好きではない。そういうこともあって、床屋に行かないままこの歳になってしまった。
 ではなぜ行ったのか。
 実家の母親も別に暇ではないし、僕も同様。そうなると、お互いの時間の合うタイミングを計っていると、どうしてもビジネスパーソンとして許されるレベルを超えて髪が伸びてしまうという事態になることが多いわけである。
 今回もそうなってしまって、いよいよ床屋か、ということである。たのは流行りの1000円カットである。
 僕も40手前ということで、今年はいろいろ新しいことにチャレンジしようと思っていたので、これもその一環と割り切って、自らの落とし所とした。
 1000円カットは、余計なことをしないし、あまり待たなくていいし、僕の床屋のイメージの負の部分が少なくていい。
 「どうしますか?」
 と、好みの髪形を聞かれたときに、なんて答えたらいいかわからなかったものの、そこはプロであって、僕のつたない説明で理解してくれたようで、なかなかカッコよくしてくれた。
 ついでに、「眉毛もそろえますか?」なんて聞かれて、「ハ、ハイ」とシドロモドロに回答したところはご愛嬌。
 お店の人にとっては事務的にすませた10分間であるが、僕にとってははるか昔に床屋に行った記憶がよみがえるような、不思議な時間であった。 

 最近、通勤の電車で座れなくなった。確かに周囲に家がどんどん建って来て、田畑が減っていくのを感じる。その分、人も増えたということである。

 さらに高崎線は今まで3つドアであったのが、4つドアになった。E231系とE233系である。ドア数の増加はすなわち席数の減少を意味する。イス取りゲームはさらに熾烈を極めて来たと言う訳だ。

 上野まで1時間、立ち続けるのはキツい。僕の体はそれに耐えられるようにはなっていない。

 時間を早めるという誰しも最初に思いつく方法を試してみた。しかしダメだった。時間を早めれば、今度は車両の数が15両から10両に減った。少ない車両で多くの人を運びたいJRとしては当然の策であるが、イスの数もそれに伴って減るのは言うまでもない。

 一時はかなりの回数をグリーン車で行った時期もあったが、カネがかかり過ぎる。JRの術中にまんまとはまっているようで悔しくもある。

 そこで僕が取った行動は、ひとつ前の駅から乗る、というものだ。

 僕の自宅は、駅の概ね中間点にあり、ひとつ前の駅から乗ることは、そう大変なことではない。自転車ならプラス3分程度だろう。ただし、歩くとなるとちょっとキツい距離ではある。

 もちろん定期券はないので一区間分の料金を取られるが、グリーン車ほどではない。

 今の所この作戦は吉と出ている。

 乗った後、普段自分が使う駅が次の停車駅としてアナウンスされるのはちょっと違和感があるが。

一仕事終えて...

| コメント(0) | トラックバック(0)
 金曜日、ビッグな仕事を終えてきた。
 何を以って「ビッグ」なのか。それは人によって違うだろう。
 今回は、出張して1時間のセミナーを行ってきただけなので、人によっては「どこが?」と思われるようなことだったかも知れない。ウチの社内の人からも、それほど「ビック」な仕事だとは思われていないかもしれない。
 当初の定員以上の人が入ったし、ちゃんとうまくしゃべれたし、こられた方々も熱心に聞いてくださった。
 「うるふはしゃべるのが仕事なんだから、それはよくやってくれたけど、ま、普通だろう」
 これが、周囲からのおおむねの評価かもしれない。
 だが、僕の入れ込みは違った。
 このセミナーの主催者はとても大きな取引先だ。ここでできるセミナーはこちらから希望して実現できる枠は6コマだ。
 ここ数年はライバルの会社にこの枠を取られていた。
 この取引先の当社の担当営業は、今年はここを取り返そうと、昨年から気合を入れていた(のがよく伝わってきた)。出先なので会うことはない。時々電話やメールで連絡が来るだけだ。しかし、その中には計り知れない「気合い」があった。
 販売店への働きかけは周到かつ気の長いものだった。そうする過程が次々と知らされてきていた。
 そして、ついに昨年12月に獲得の連絡。販売店側の担当もこの営業の熱意にほだされ、かなり当社を強烈にプッシュしてくれたようだ。
 バトンは僕に渡された。
 この熱意に負けない、「このレベルの話をするのなら、営業も燃えるわ」と言われる内容にしなければならぬ。僕は自分でハードルを上げまくった。
 それからは内容の検討とリハーサルに明け暮れた。
 ほかの仕事もかなり忙しい時と重なった。しかし、セミナーの作りこみの時間は確保した。
 やったことのない試みも入れた。
 通常、僕のセミナーはノウハウを売るもので、当社の製品を売るセールスではない。
 しかし今回は、販売店主催のセミナーである。担当営業は勿論モノ売りの営業だ。モノを売るるために動いているプロフェッショナルだ。僕のセミナーを聞いて、モノが売れなきゃしょうがない。
 しかし僕の肩書はセールスマンではない。受講者は、セールスを期待してはいない。ノウハウが得られることを期待して来る。ノウハウを与えつつ、購買意欲につなげなければならない。
 内容の精査は非常に微妙な部分のこだわりへと突入した。
 販売店から集客状況の進捗が連絡を当社担当営業を通じてやってきた。
 「満席」
 これである。
 販売店も威信をかけている。当社が相当根回ししたのは間違いないが、それは他社もやっていること。何倍もの倍率で選んだ6コマを空席ありのまま当日を迎えさせるようなことは絶対にしない。
 「やることが残っているのはオレだけだ」
 自分を追い込んだ。
 この段階でもう一つの戦いがあった。インフルエンザが会社で蔓延したのだ。
 セミナーは、僕の顔写真付きですでに告知が始まっている。代わりなどあり得ない。絶対に自分が行かなければならない。単なる風邪なら行ける自信があるが、インフルエンザとなれば、自分の体力だけの問題ではない。講師が感染源になったなど、自社のセミナーならまだしも、販売店主催のセミナーでやるわけには行かない。
 体調管理には徹底的に気をつかった。インフルエンザにかかっているのに出勤して来たバカもいたが近づかないようにした。何と言われようとも会議室などに逃亡して仕事をしたりもした。
 印刷があるので、配布資料の提出は2週間前だった。資料を提出したら、セミナー内容はほぼ確定される。特に僕は、講演時に表示するモノと同じものを配布するので、ここから変えられるのはしゃべりと演出だけとなった。
 しかし、問題はまだあった。一番大きなものは1時間の枠に内容が収まらないこと。それも20分くらいオーバーした。どこを切るか。言葉を減らしてどうやって同じことを伝えるか。言葉の選別に明け暮れた。
 そうやってリハーサルを繰り返し、時間の方は何とかまとまりそうな感じになってきた。
 だがまだ気になることが。セミナー前半の商品説明と、後半のノウハウ部分のつながり性が悪い。これでは単にモノ売りとノウハウ提供をくっつけただけだ。ストーリー性がない。ストーリーをバックに感じさせなければ話の価値も出ない。頭のいい聴衆は、セールスだけじゃまずいからノウハウ提供も入れてきたな、とすぐ見抜かれる。
 最終調整は新幹線の中まで続いた。そこで、商品説明とノウハウ提供の関係の背後に大きなストーリー性を持たせる言い方を発見した。前半の商品説明部分にそのタネを仕込むこととで、後半のノウハウ提供が生きてくる。後はスライドにはないまとめの部分で全てを繋げればいい。
 「行ける」
 確信を得たのは新幹線を下りる10分前だった。
 セミナー自体は、販売店主催のフェアの最後である。しかし僕は、日帰り可能な最も早い時間に会場入りした。今回のセミナーは展示会と併催で、別棟には当社がブースを出し、10名以上の営業がユーザーに商品説明をしている。ユーザーを連れてくるのが主催した販売店の営業だ。僕は、この現場営業と一緒に展示会のブースに立つために早めに着いたのである。
 自分はセミナーをしに来たんだから話しかしない、という姿勢では営業にナメられる。営業現場を体で感じなければならない。「あのうるふってヤツ、ちゃんと営業もできるんだな」くらいは思わせたい。
 こと専門職的な位置づけの人間は、営業をしない、現場を理解しようとしないと営業は思っている。僕もそう思う。だから、自分だけはそれを打破する。基本そうだが、うるふだけは別だよ、と見られなければ先はない。
 しかし、この作戦は当たった。別の部分で。
 当社ブース内にも商品説明の小さなお立ち台があって、当社セールスが10分程度のローテーションで説明することになっていたのだ。それを見て度肝を抜かれた。話がうまいのである。
 僕は結局普通の人間だが、社内的なセクションでは話のプロということになっている。その僕のお株を奪うどころかそれ以上のセールストークをかましている。一人ではない。次々出てくるセールスがみんなうまい。え?何、何?みんなこんなにしゃべれちゃうの?
 新幹線の中で上げまくった自分のハードルを、彼らにピョンピョン超えられた気がした。
 ヤベェ。
 こいつらヤベェ。
 東京のセールスでこんなのいたか?いや、いても数人だろ。
 極めつけは僕のセミナーを勝ち取った担当セールス。熱意とギャグと、セールストークと。すべてが高次元でバランスされていた。足を止めたユーザーからは拍手喝采。
 満面の笑みで壇上から降りてきた彼はビシッと顔を引き締め、「さ、うるふさん行きましょう。そろそろ準備の時間です」
 緊張がほとばしった。100人の前でも緊張しなかったのに、今回は緊張した。
 理由は簡単。この販売店から「何だよ」と思われたら、ここにいるセールス全員に恥をかかせることになるからだ。失敗は許されない。販売店さんどうですか、ほかの会社にこれだけの話ができる人間、いますか。そう言わせなければならない。
 セミナー会場はフェアの会場とは別棟にあった。ザワザワした展示会場の一角ではなく、聞きたい人が気持ちを切り替えて聞ける場所になっていた。
 定員50名は確実に部屋に入った。当日飛び入りで参加したいという人も受け入れ、定員オーバーで予備椅子動員。すべては揃った。
 「皆さんこんにちは...」
 出だし好調。正確に伝えようとするとつい、言葉が多くなってしまう部分もスマートに切り抜ける。
 新しい試みも、入念なリハーサルのおかげで極めてスムーズ。いい感じだ。
 後半のノウハウ部分。受講者は、隠された壮大なストーリーに気付き始める。
 来た。
 時間も少々余裕があるくらいだ。こんなことは今までのリハーサルではなかった。
 セミナーは時間内に終了。拍手喝采。販売店の担当の方も満面の笑み。
 やった。
 自己評価は最高。手ごたえあり。
 あとは、アンケートの結果と、販売店内の真の評価。それが、今後の当社営業の活動のしやすさにつながる。贔屓にしてもらえれば売上アップにつながる。
 

Android版FF III

| コメント(0) | トラックバック(0)

  いつの間にか、google playでクレジット払いが出来るようになっていた。どうやら、国内(円)の決済だけは出来るようになったらしい。

 早速、FINAL FANTASY IIIを購入してみた。「III」は、僕が唯一クリアしているFINAL FANTASYシリーズである。多分、中学か高校のどちらかの頃である。 FINAL FANTASYは、ドラクエに比べ、やや僕には合わない所はあったものの、決してつまらないゲームではなかった。音楽も、何曲かは強列に覚えているものもある。いい曲だと思うからだ。

 で、だ。

 やっぱ、こういうのって始めてしまうと止まらないのである。時間がない筈ではなかったか。なぜ、こんな物をやっている時間を捻出できるのだ?

 確かに、一時のピークは過ぎた。そして、冬休みがある。そこに甘えているのか。否、甘えていますです、ハイ。

 しかし、曲は結構覚えているのにも関わらず、ストーリーは殆ど覚えていない。なので、懐かしさだけでなく、結構新鮮な感じと共にプレイできている。

 ただ、僕が知っているファミコン版からリメイクされている部分もかなりあり、一番の変更は3D化されていること。町や城の中、ダンジョン、戦闘シーンなどがそうだ。ま、最近の流れと言えよう。

 臨場感を出す以上の「3D化する意味」があるのか?と言うところが僕としては気になるのだが、一つ面白いと思ったのが、「しらべる」という行動が、2本指で開くような動きをするいわゆるピンチインを使う所。この動作をすると中心の位置に映像がぐーっと寄って、もし何かがあればそこがキラキラ光る、という仕組みである。この寄り方が単なる「拡大」の所作ではなく、拡大しつつ視点が俯瞰から横から見た視点に変化するような動きで、何となく顔を近づけたような感覚が再現されているところが面白い。

 船を取ったところで色んなところに行けちゃうので、次に何をしたらいいのか分からなくなってしまっているけど、どうしようかな。ゆっくりやりたい気持ちもあるし、ある程度時間のある今進めてしまった方が...という気もある。

 この期間に一度クリアして、そのあとは最近流行りの「やりこみ」を、スキマ時間でトライしてみるのもいいかも。

 一度ダウンロードすると、特に通信環境がなくても動作するのがWi-Fi接続環境には嬉しい。レグザタブレットAT570では今のところ問題なく動作している。知らなかったが、動作しない場合などはソフトをアンインストールすることで返金される。

 話はそれるが、レグザタブレットに替えた際、有料のオフィス系アプリをほとんど試した。その際、求めた仕様でないものをアンインストールしようと思ったら、「返金」(←厳密には違う言葉かもしれないが、それ的な意味)のボタンがあって、アンインストールと共に購入が取り消しされた。あまり時間がたたないうちであれば使えるようなので、動作確認だけでもしてみるといいだろう。価格は1400円。僕にとっては、十分価値があるソフトである。

 もう買ってから結構たつのだが、REGZAタブレットを購入した。サイズは最も小さいAT570/36Fというタイプ。7.7インチ、本体記憶容量は32GB、1.3GHzTEGRA3搭載で、重さは332gというものである。これ以上の詳細スペックは以下に譲る。(REGZAタブレット:東芝サイト)

 購入した理由は、やっぱり忙しいからとPCが重いからという2つに尽きる。元来僕はキーボード付きを愛用する人間であったが、ここでキーボードなしモデルを選んだのは、ATOKを搭載しており、その中に知っている人は知っているZARUSの手書き入力のようなものがあったからだ。これならキーボードなしでも行けそうだ、そう思ったのである。

 画面上に表示されたキーボードからブラインドタッチで入力しようなどというのは、僕にとっては不可能な話なのである。おそらくキーを押した感触を指先で感じつつ、位置が少々ずれて来ればその感覚を持って修正しているのであろう。音や振動で押したことを教えてくれてもダメである。車の運転はいいが、自動車ゲームはいくらコントローラーがブルブルしてくれようとも、体でGを感じないとダメなのと同じである。

 当然、キーボードを超える入力ができる、などと言うことはない。しかしながら、タッチパネルを使用した入力方式の中では、僕の中では最も良い。

 これまで、同じ理由で、キーボード付きの海外製スマホを2台購入したが、いかんせん画面が小さくて仕事をするというレベルには至らなかった。なぜかマイクロSDカードのスロットがカバーの内側にあって、ひどい場合はバッテリーを外さないと取れない、などと言うモデルもあり、これも仕事での使用を遠ざけた。

 マイクロSDカードに仕事のデータを入れている僕は、このメディアを会社のPC、自宅のPC、出先ではこうしたモバイルデバイスにと、手軽に抜き差しできないといけないのである。

 ほぼ同時に、インターネット接続環境もUSBタイプのWiMAXから、バッテリー付きの無線LANアクセスポイントタイプに変えた(言い方が正しいか分からないが、伝わるとは思う)。これにより、今までUSBコネクタを持つ機器(結局はWindowsPC)しかインターネットに接続できなかったものが、無線LANを有するものなら何でも接続できるようになった。REGZAタブレットは3G回線を持ち合わせていないので、これで接続するしかない。

 で、結果どうなったか。

 やはりこの画面の効果は絶大で、自宅にあるVAIO Zの役割をかなりこなせる機器になった。もっと言うと、VAIOを立ち上げる機会はかなり減った。

 まず、起動時間。これはPCとAndroid機では比べるべくもない。この快適さの違いはダントツである。ホームページを見たり、メールを読み書きする程度のことは、PCと全く同レベルのことができてしまう。結局自宅および出先で行うPC作業の多くはこれなので、これが問題なくできてしまえば、重量も圧倒的に軽いREGZAタブレットに移行してしまうのは当然のことである。

 Excel、Wordの類の操作ももともと入っているオフィスアプリ(バージョン情報で見るとThink Free Office Mobileとのこと)でかなりできる。おそらく有料版だと思う。驚いたのはパワーポイントが閲覧のみならず、編集までできることだ。操作性はそれほど良くはないが、どうせ出来ないだろうと期待もしていなかったので、「できる」だけでもういい。僕はとにかくパワーポイントを使用する機会が多いので、これは実にありがたい。

 似たスペックのAndroid機もいくつかあったが、スペックはこれが一番良かったし、こんな時期なので日本製を選択した。液晶はたぶんサムスン製だと思う(ギャラクシータブとスペックが同じだから、と言う事実だけに基づく全くの予測)が、とにかく日本企業には頑張ってもらいたいという理由もある。

 本体記憶容量はホントは64GBが良かったが、予算の関係で32GBにした。これまで512MBのXPERIA Proから比較すればとんでもない広さで、要りもしないし消せもしない、どうしようもないプリインストールアプリが山のように入っているが、それでもアプリケーションの設定画面で占有容量を見ると数パーセントにすぎない。

20121124_REGZAtab_AT570.JPG

  バッテリーの持ちも実に満足のいくものである。会社への行き帰り程度しか使わないと3~4日くらい充電しなくても大丈夫なレベルだ。結構ヘビーに使っても充電器を持ち歩く必要はない。

 と言うわけで、PCのお株を完全に奪ったAndroidタブレット、買うときは結構自分を納得させるためにいろんな理由を考えたものだが、結果的には効果絶大の1台である。

 180SXが車検中のため、駐車場が閑散とした感じになっている。乗る機会が減ったとはいえ、駐車場にいるのといないとのとでは気持ちがだいぶ違う。

 そんな昨日、激しい雨のせいで、庭に出していた脚付きのタープテントが倒れてしまった。おそらく、テントの上に雨水がたまり、重みでつぶれたものと思われる。或いは強風かもしれない。

 原因は不明だが、結局金属製の脚が折れ、解体して廃棄するしかない状態となってしまった。

 問題なのは、このテントが倒れる際、バモスの運転席側のバックミラーと干渉し、バックミラーが根元から壊れてしまったことである。こちらも取り付け部分が破壊されており、再利用は不可能。交換するしかない。

 近場に気になっている自動車修理工場がある。一般的な車に混ざり、いつもポルシェやGT-R、旧車なども入っている。かなり趣味性の強そうなオーナーが出入りしているところを見ると、信頼のおけるところのようだ。

 親しくはなかったが、この店の社長の息子に確か同級生がいたはずで、さらにKと同い年の孫もいるので完全に無関係というわけではない。

 これを機会に、持ち込んでみたいと思う。

 そうは言っても、部品を取り寄せるまでは直りはしない。急場をしのぐ必要があった。今日はKのサッカーと、自分のサッカーの今度始まるトーナメント戦の抽選がある。180SXはないのでバモスで行くしかない。バックミラーなしは危なすぎる。

 ということで、これまで培ってきたノウハウを総動員することになる。

DSC_0174.jpg

 見れば土台部分と本体部分が完全に割れている。土台部分はネジ3本でまだ車体にしっかり付いている。

 まずは状況確認だ。外せるところを外し、できるだけ正確に状況を判断する。今ある部品でどのように補修できるか考える。思いついたらシミュレーションする。どれが最も奇麗で、どれが最も現実的か。

 そして僕は発見した。言葉で書くのは難しいが、裏面から木ネジで止まっているものを、表側から同じ位置にもう少し足の長い木ネジで留めるのが最も簡単で奇麗で丈夫そうだ。

 完全に同じ位置にするために、割れた部分をぴったり合わせた上で裏側のねじ穴からドリルで穴を開けて貫通させる。表側に空いた穴が正しい位置だ。ここからより長い木ネジを閉め込んで割れた土台部分と本体を再び結合させる。

 こういうアイデアは我ながらすごいと思うが、残念ながらこうだとここがダメ、この方法だとこれがダメ、という没案を含め一部始終を見ていた人でないとこのすごさは共有できない。しかし、そんな人はどこにもいない。つまり、誰もこのグッドアイデアを「グッド」であると称賛してくれる人はいない。

 ピパ子氏とて「へ~、着いたんだ。すごいじゃん」程度であろう。

 それでいいじゃないか、という向きもあろうが、このこだわりはそれでは報われない。僕は何事にもこだわりすぎで、分かってくれる人がいないというのが、悩みの種であり、いざこざのタネである。分かっている。誰も求めていないこだわりをしていることもだ。だが、こだわることを捨てられない。それが僕だ。アイデンティティーなのだ。もうこの歳になって、自分を変えようとは思わない。変えたら、僕ではなくなる。

 ...まあいい。

 

DSC_0175.jpg 結局、修理は大成功。もう直さなくてもいいのではないかと思うほど、しっかり着いてしまった。ただ、表からネジ留してあるので少々見た目は悪い。一応黒い木ネジを選びはしたが。

 ま、木ネジなので力が加わり続ければやがてガタがくるだろう。高速走行などはまだ心配が残る。

 明日にでも持って行くか。今後、わがままを聞いてくれる自動車修理屋を探さなければならないし。

己に克つ!

| コメント(0) | トラックバック(0)

 最近、体の衰えを強く感じる今日この頃である。しかし、それだけにこの現状に抗いたいという気持ちもまた強い。

 誠に悲しいことに、今年の6月位に腹に脂肪をつけてしまった。今までの自分からすれば結構目立つ量である。

 なんで6月かというと、会社でのメンバーの構成が少し変わって、それに伴ってお昼を食べに行く人が変わったのだが、この人が食べるのだ。しかし、食って消費しなければ質の良い身体はできないわけで、怪我が多かったのをこれで克服できるのでは、と思っていたが、少々供給量の方が多くなってしまったようである。

 今までは、それなりのワークアウトで除去できたので、今度もそれで何とかなるだろうと思っていたら、そうは行かなかった。

 理由はよく分からぬ。やっぱり老化か。

 だが、デブと喫煙者は自己管理能力のない人間というのが自分の持論で、周囲にも公言しているため、デブの第一歩になることは許せない。

 ということで、YouTubeで検索して、以下の動画を発見し、結構まじめにやっている。

http://www.youtube.com/watch?v=CQt_svdUtNY

 これが良い感じ腹筋を破壊してくれて、もちろんきついのだが、終わると「どうだ!」という気になる。己に克つのは、意外と楽しい。

 ちなみに今までは根性論で筋トレは毎日やっていたのだが、今はもう大人なので、理論的に1日か2日おきにやっている。間の日は腕や足など別の部位のワークアウトをやっている。

 初めて1カ月くらいたつが、腹筋はかなり付いてきたが、現状、脂肪はまだ落ちてくれない。ただ、基礎代謝は増えてくれたと思うので、これから消えてくれるのだろうか。

 とにかく今の車のトレンドとは逆に、燃費の悪い身体を作るのわけである。

 本当は燃費が良かろうと悪かろうと、そんなの関係ないくらい走って走って走りまくるのが、脂肪除去にはいいのかもしれない。そう、高校時代のように。

 だが、おじさんにはそう言うことをしている暇はない。上記動画の筋トレを2本くらいやれば結局30分くらいたってしまい、これが日々で割ける最大量である。

 早く皮しかつまめない腹筋に戻りたい。

 会社休んで、免許書き換えに行って来た。

 ま、それだけのために会社休んだわけじゃないけど。

 メインは午後からで子供の授業参観。午前中に住宅ローンの繰り上げ返済と免許の書き換えして来たってわけ。

 ま、「優良」ドライバーである。妻のピパ子氏に言わせれば一体どこが優良なんだか説明して欲しいなどとと言っているが、公的機関が公式に「優良」と認めたことがちゃんと書面で来ているのである。これ以上の説明が必要あろうか。

 優良ドライバーであるからして、警察署で免許更新ができるのである。これは一つのステータスである。意気揚々と180SXで鴻巣警察署に乗りつける。オラオラ!外見で判断すんなヨ!オマワリども!こんな車乗って来てもちゃんと無事故(?)無違反なんだゼェ!

 ソコノケ、ソコノケ、優良ドライバー様のお通りダイ!とばかりに自動ドアをくぐり抜けると、随所に「免許書き換えはやってません」的な張り紙が。

 他の窓口には暇そうな署員が座っているのに「総合受付」と看板がぶら下がっていたところには何を血迷ったか誰も存在していない。なので、僕は一度に32人の暇そうな署員を発見し、その中でも一番暇そうな6名を同時にロックオンできるF-14(もう退役しちゃったみたいですね、時代の流れを感じます)並のセンサーを作動させ、最も暇そうなオバさんをとっ捕まえて聞いてみた。

 すると、こっちも見ずに「ここでは免許関係の業務はやってませんけど。」

 あ゙ァ?意味わかんねぇゼ!優良ドライバー様は警察署で免許の書き換えができるってェのは、ニッポンのジョーシキだったはずだぜ!それとも何けェ、鴻巣市だけ北朝鮮に占領されちまったとでも言いたいのけェ?

 そうアツくなる僕に、冷やかな言葉を浴びせるオバさん。

 「ここから一番近いのは免許センターになりますけど」

 「え?警察署でできるんじゃないの?」

 「ここではやってないですけど。その紙にも鴻巣警察署は除くって書いてありますけど。一番近いのは免許センターになりますけど」

 しかし、免許センターは混んでいるという先入観がある僕は、

 「他の警察署でもいいんですか」と聞いてみる。

 「区分は何ですか?優良ならできますけど。でも一番近いのは免許センターですけど」

 どうやら徹底的に免許センターにタライ回したいらしい。このままだと洗脳されそうだ。さすが百戦錬磨のタライ回しテクは一級品である。

 まったくもって気分が悪い。警察署で免許書き換えができるというのは優良ドライバーだけに証なのである。免許センターでは違反者と同類扱いではないか。おもしろくも何ともない。

 益々以って面白くないのはこのババァの対応である。この、最後を必ず「ますけど」で終わらせるこの話し方。この後には「ますけど、アンタ知らないんですか」「ますけど、アンタ読んでないんですか」「ますけど、アンタバカですか」等々の言葉が省略されているわけである。これでうまくやって行っているのかどうかは知らんが、行間が読めないバカ同士で話しているのであれば、言葉に出しさえしなければたぶん大丈夫なのだろう。

 我々民間企業ではこうしたお客様対応の言葉には細心の注意を払う。「ますけど」を「ますが」にする程度の気の使い方ではない。このケースだったら、「私どもの書き方が分かりづらくて申し訳ございません」から入るであろう。常に考え、お客様の顔色、声色を確認し、修正を加えながら対応する。終わった後は、「まずくなかったか...?」と振り返り、それを次に活かす。言葉ひとつにもとにかく気を配って日々を過ごしている自分とのギャップにとにかく唖然とせずにはいられない。

 まぁ、これが彼女...否、この下等生命体の基準値であり、この職場がそういう環境なのであろう。そこで仕事をしているからこそ、この対応でも何も疑問も感じないのだろう。

 ただまぁ、おそらくは日常ではこの生命体もサービスを受ける側にもなるわけで、そこでこうした扱いを受けた際はそれなりに腹が立っているとは思うのだが、だったら自分はそうしてはいけない、という想像力は働かないようである。やられたんだから、やり返す、やったヤツではないかもしれないけどとにかくやり返す、という考えなのかもしれぬ。

 この生命体が僕のことをどんなに粗野に扱おうと、僕等は警察官に対して不買運動をすることはできぬ。こんな屈辱的な扱いを受けようとも、事故ったり、泥棒に入られたりすれば、歯をくいしばって110番を回すしかない。仮に躍起になって、不買運動だと突っ張ってみたところで、ヤツらは楽なだけで何も困りはしない。別に株主総会もなければ、倒産することもない。

 そんなことを考えながらも、最初は熊谷警察署に行こうと思った。やはりどうしても免許センターは行きたくない。ここもどうも、我々善良な市民を家畜のように扱うイメージが拭えない。あまりにも作業がルーチン化され過ぎている。だったらまだ警察署で個別対応してもらった方が幾分マシだ。こういう輩に扱われるかもしれないというリスクはあるが。

 その方が180SXでロングドライブもできる。そう思って一瞬免許センターの前を素通りしたが、ふと、「いや待てよ、平日の免許センターってのは行ったことがない。」そう思い直し、免許センターを少々過ぎたあたりでサイドを引いてスピンターン。雑念が入ったか、70%くらいしか回らないハズカシいスピンターンとなったので足早にその場を立ち去る。

 雑念...か。

 数分前に3~4回にわたって受けた、「一番近いのは免許センターですけど」という「洗脳」。あれか。オレの脳はあの下等生命体に洗脳されてしまったのか...。ならば、万死に値する屈辱。このことである。

 しかし、180SXのエンジンは極めて快調で僕の心を癒してくれた。免許センターに行けば、これ以上の屈辱的な扱いを受けるやもしれぬ。普段仕事で自分が置かれている環境と、さっきそしてこれから僕が行こうとしている環境とのギャップをアジャストするにはちょうどいいショック療法かもしれぬ。

 ダラダラ書いてもアレなので結論から行くと、やはり免許センターは高度にルーチン化され、家畜どころかベルトコンベアーに乗せられた工業製品であるかのようであった。ただまぁ、今度はさっきのことで耐性ができていたのか、基準値を相当下げてかかったので、もうこうなったらベルトコンベアーに乗っかったつもりで、なすがままされるがままにしてりゃぁいいや、というスタンスで臨むとまぁ、それほどストレスもたまらなかった。

 何より、精神的に助かったのが、予想に反してすいていたことである。あれよあれよと言う間に進み、講習会場へ。軽微違反者と一緒の部屋で、優良ドライバーは最初の30分で途中退席、という方式であった。講習と言っても事務連絡が15分くらいあるので、内容は10分程度のビデオを見るだけ。

 今回のトピックは、臓器提供意思表示欄が免許裏面についたこと。ま、免許なら必ずと言っていいほど携帯しているし、臓器提供の意思はあってもそのために別のカード持つってのはメンドウだ。それが理由で提供できるはずの臓器がむだになるというのを防げるのだから、これはナイスアイデアとも言えよう。

 さて。免許更新も終わったので、一時帰宅し、日記でも書きながら、Kとカス子氏の授業参観に備えるか。

 久々に車ネタなのである。多くの人は忘れてしまったのではないかと危惧するのであるが、このサイトは一応車好きの180SXという車に乗っている者の書くブログなのである。しかし、そうやって説明しなければならないほど、車ネタがなかったように思う。何しろ、変わったことほとんどしてないからな。

 しかし、日曜日はだいぶさぼっていたエンジンオイルを交換した。車検まであと3カ月という所なのだが、ま、本来エンジンオイルは3000kmか3か月かなのだから良い。今回はだいぶ引っ張ってしまってたぶん1年弱換えてないんじゃないかと思う。だから、車検間近ではあるが、さすがにヤバいと思ってね。

 で、だ。今回もオイルはカストロールのGPXとか言う格安のオイルである。フィルターは換えてない。車検でたぶん交換されるから良いや、と妥協した。

 エアクリーナーもいい加減汚くなってカッコ悪いので交換。超定番のHKSのパワーフロー。今回は黄色にした。ちなみに交換前は赤。

 さらに今回、新しい試みとしてエンジンオイル添加剤を購入。こういうのは果して何がいいのか、まったく分からないので、敬遠していた。いつもパッケージの説明は見るのだが、金属表面を改質してしまうようなものからコーティングするものから、まぁ、いろいろあって、たぶんこういうのって一度入れたら同じの入れ続けた方がいいと思うんで、じゃぁ、ずっと使い続けるに値するヤツって何?となると、怖くて決めかねてしまっていたのである。

 ところが、とある人からシュアラスターのLOOPってヤツがいいらしい、って話を聞いた。

 まぁ、正直どれも似たか寄ったかのものだろうし、いいってヤツと道連れになってやろう、っていうワケである。50000km以上走行の車用ってのがあるのがまた気に入った。他にも新車~50000kmというのがあるが、オレのは28万kmオーバーだから、商品的にはこれが該当する。はず...。

 エンジンオイルが良く温まってからというから、オートバックスを出てしばらく走ったとあるホームセンターの誰も使っていないような位置にある駐車場に車を停め、少々急ぎながら添加剤を入れる。

 油量が規定レベル以上にしないようにしてください、的なことが書かれていたが、もうそう言うのは気にしない。実は今までこういうのも気になって踏み出せなかった要因の一つ。オイル交換時に添加剤も一緒に買わないと、規定レベル以上になってしまう。

 しかしまぁ、規定レベル以下はヤバイが、規定レベル以上である分には壊れるわけではない。もうすでに28万km、車2台分は儲けている。1年前に止まっていても何らおかしくないエンジンなのだ。今さらどうなっても知るもんか、という気持ちでやる。

DSC_0105.JPGDSC_0106.JPG

 さて、である。予想を大きく裏切られたのはこの添加剤の粘度だ。キャップを開けて逆さにしても出てこない。内蓋があるのかと思って思わず確認してしまったぞ。しかし、蓋はちゃんと開いている。入ってないのか?次の不安がよぎる。しかし、しばらくすると、出てきた。色と言い、まるで水飴である。こんな粘度の高いの入れちゃって平気かよ?相当不安にある。

 小心者の僕は、それ以上に用もないホームセンターの駐車場で作業していることもまた気にかかっていた。この程度のもの、トポポポポ...と、10秒程度で「犯行」は完了すると思っていたのだが、一向に入れ終わらない。指で容器に圧力をかけて強制的に排出して少しでも早く投入を終わらせようとするが、思うように進まない。早く終わらせたい焦りと、こんなの入れちゃって大丈夫か?という不安とで冷静さをかなり失っていたと思う。

 作業はだいぶ長く感じたが、冷静に振り返ってみると多分5分もかかっていない。

 10分以上アイドリングをせよとあるので、エンジンをかける。あんなドロドロのものを入れたので、ちゃんとエンジンが回ってくれるのか若干不安になる。先入観もあるだろうが、相当重そうに感じる。ただ、もちろんエンジンはちゃんと回っている。10分以上アイドリングさせてから車を発進させる。

 しばらく走らせつつ、何か変化はないかと五感を研ぎ澄ませてみる。で、どうかというと、オイルを変えた直後はアクセルが軽くなったような感覚があった。転がり抵抗がなくなったような感覚である。それでしばらく走って、今度はこの添加剤を入れたわけだが、悪い表現で言えば、重くなった気がする。アクセルも重くなったし、アクセルを離したときの減速も大きくなったと思う。アイドリングのときの振動も何か大きくなったような...。オイル交換直後は変な振動が消えて静かになったように感じていたのに...。

 ただ、良く言えばレスポンスが良くなったとも言える。アクセルが重いというのは踏み応えがあるというか、踏んだ量に対して確実にトルク感がある。アクセルを離したときははっきりとエンジンブレーキが利いてくれる、とも言えよう。ただまぁ、これはオイルの粘度が上がったからのようにも感じるが。まさかアイドリング10分で能書きにあるようなコーティングが完了し、これがその成果とは思えない。

 結局、こういうのは気分の問題なのだ。

 しかし、変化は確実にあった。良いのか悪いのかは知らんが。「変わった」という感覚はある。何も変わんねぇや、ということはない。それはせめてもの救いだ。

 帰宅後、エアクリーナーのフィルターも交換。ドーム状の金属の網もいい加減、錆びてきたので、物置に転がっていたツヤ消し黒で塗装。ちょっとカッコ良くなった。

DSC_0107.JPG まぁ、良くなったのか悪くなったのかはよく分からんが、とにかくこの程度でも車をいじると、「この車でまだまだイケるぜェ!」という気になるから不思議だ。あと12000kmで大台の30万km。もちろん、今回も車検は通して、あと2年は乗りまっせ!

 皆様お久しぶりです。うるふです。何とか生きています。

 ...って別に生死の境目をさまよっていたわけでもなんでもないのだが、日記の更新は完全に滞っていた。ま、かろうじてtwitterだけは時々送信していたのでそちらをご覧いただいていた方(いるのか?)は一応生存確認はされていたかと思うが...。

 今日は、台風で早めに帰って来、仕事も金曜日に一段落したので、じゃぁまぁ、停滞していた日記でも書くか、ってことで。

 そうは言っても、あまり時間があるわけでもなく、風呂にPCを持ち込んで湯船に入りながら書いている。湯気が充満するとPCに良くないので、ルーバーを半壊くらいにしながら書いているが、台風の雨音がはっきりと耳に入ってくる。PCの隣には酒だ。今夜はマッカランにした。

 最近ウィスキーは多くて、自宅には、マッカランのほか、白州、山崎、竹鶴、宮城峡がある。ウィスキーは最近始めたばかりで、何が自分に合っているか、模索中なのである。色々な銘柄が同時進行なのはそのためだ。

 さて、完全に停滞していたため、ネタはいくつかあるのだが、いつか書こうと思いつつ取っておいて忘れてしまうものも多い中、いつまでも消えずに自分のネタの中に居座っていることを書こうと思う。

 とはいっても、大したものではない。

 PC入力時の指の動きについてである。

 僕はブラインドタッチを大学の時に習得した。タイプクイックというDOS上で動作するソフトを使い練習したのである。商業高校から上がってきた連中には到底及ばなかったが、それでもまぁ、それなりのスピードは手に入れたと思っている。

 これを習得したことにより、僕のPCでの生産性は非常に高いものを維持できたと思う。

 そして、今がある。今、手に入れ、そしてこの先に手に入れるであろうものは、身の丈以上に大きいように思う。が、そのことについては別の回(いつになるんだ?)に譲る。

 で、である。

 それが最近、破たんしつつあるというのが今回の話題だ。

 原因はやはり老化(使いたくない言葉だが)にあると思う。

 現象としては、押すキーの順序をミスしてしまう。

 否、この表現では正しく伝わらない可能性がある。こう書くと「指」の方の問題であるかのように誤認される。今回の件は脳の指示した通りに指が動かないんだと、僕は思っている。

 現象から判断して、脳の方に問題があるように思える。

 どういうことか。

 ひらがなに変換した際に、ひらがなの文字の順序が狂っているのだ。

 ちょうど今、好例が発生してくれた。上の行にある「ひらがな」と入力した(つもり)で変換してみたら、意図せぬ漢字になったので良く見てみた。すると「平永」とある。つまり、「ひらなが」と打ったのだ。

 「が」と「な」が逆であるということは、キーとしては「ga」と「na」の2文字をセットで間違えているということを意味する。「agna」とか「ngaa」などと打ってしまうのであれば、指の問題かとも思うが、きちんとひらがなには変換されるとなると、これは指の問題ではないように思えるのだ。

 指の問題は、大学の時からあった。キーとして1文字ミスするというものである。例えば「a」を打とうとして「s」を押してしまい、さっきの例なら「gans」などとなってしまうケースだ。これは今ももちろんある。

 それに加えて、変換後のひらがなとして、文字が前後するミスが最近増えている、というのが悩みだ。

 この事象が、非常に多くなっている。

 脳が、衰えている。

 信じたくない。認めたくない。

 しかし、老化は確実に僕に忍び寄っている。逃れることはできない。

 こんなところでそれを感じるとは。

 キーでの文字入力は今の僕の生活としてはきわめて日常的に行われているので、この部分で老化を感じるというのは、常に老化を感じるということだ。

 いやだ。

 しかし、アレだな。それにも増して、MS-IMEがバカなのがささやかな慰めでもある。

 なんでこんなにバカになったんだろう。

 余計な事をしようとするから、それが裏目に出ているような気もする。変な親切心は結局ウザいだけなのである。今回も「老化」を(今もだけど)「廊下」と何度矯正しても誤変換を繰りかえしてくれて、いい加減腹が立つわけである。

 最近、ATOKに流れる人が多いと聞くが、こういうこともあるのだろうか。

 機械が人間のような判断をするというのは到底無理なのだから、人間がケアしてあげ易いように逆にシンプルな方がいいと思うんだけどな。どうせできないなら、挙動を人間が予測できた方がまだマシなんだよ。挙動が分かれば人間の方がケアできるんだよね。そう言う所の柔軟性は、人間は本当にすごいと思う。老化して字の順序は間違えるけど。

 オートマとかもそうだけど、結局人間の頭脳をトレースしようとしてもムリだと思う。少なくとも現時点では。であるならば、「予測可能なバカ」にしておいてもらいたい、という要望がある。予測可能であればある程度の利便性を享受した上で、ケアもできる。

 逆に変なことをしようとして「予測不能なバカ」になってしまうと、利便性を享受できないばかりか、人間の方が合わせてあげることもできず、単にイライラだけが募るシステムになってしまう。これではお互いにハッピーになれない。

 ちなみに僕は、予測不能のバカであると思う。だからみんな疲れるんだろうな。

 (本稿はノーチェックでアップする。変換ミスも含めて、僕の予測不能の脳が吐き出した、真実のアウトプットである)

 

事故に遭遇

| コメント(0) | トラックバック(0)

 3月20日。この日は僕の人生にとって、忘れえぬ日になるだろう。人生初の、事故と呼ぶにふさわしい事故。

 今まで、峠で路肩やガードレールに一人でぶつかったようなのは何度も体験しているが、他車を含んでの事故はこれが初。保険屋などにも連絡して、大変な1日となってしまった。

 詳細の前に早急に書かねばならないことは、完全なるもらい事故であること。僕を含めてピパ子氏、K、カス子氏家族4人が乗車していたが、全員無事。そして車はバモス。180SXは自宅でお留守番だったので今回の事故には巻き込まれていない。

 ひとまず事故の詳細はこうだ。

 久しぶりに天気も良かったこの日、娘のカス子氏が温泉に行きたいというので、群馬県にある温泉に向かった。カス子氏お気に入りの温泉である。

 たまには180SXで行きたいという僕のささやかな願いは、そのお願いのセリフを言い終える前に遮られて棄却された。僕の運転で、車はバモスで行くことになった。

 温泉に行く前に、広い芝生のある、見晴らしのいい公園で遊んだ。久しぶりの陽ざしを十分に楽しんだ。

 そしていよいよ温泉。ここにはダッシュ村のアヒル村長みたいなアヒルが100匹入った「アヒル風呂」があり、カス子氏のお目当てはこれ。この日、アヒル風呂があるのは男湯だったので、子どもたちは僕が担当した。

 1時間ちょっと、のんびり温泉につかって帰路につく。

 帰宅途中、遠方に回転灯が見えた。うるふの極度に警察車両を嫌う性癖からか、回転灯を発見する能力は異様に早い。

 近づいてみると、事故現場であった。

 「みんな、シートベルトはしてるよな?」

 子供たちに言った。子供2人はシートベルトをはずして夢中で遊んでいることがある。しかし、このときは全員シートベルトを着用していた。

 事故は、結構ヘビーそうな感じであった。2台の乗用車のお互いフロント部分がつぶれ、まるで1台の車のようにつながったまま交差点の真ん中にあった。

 「どうしちゃったんだろうね」と、ピパ子氏。

 「どうだかな」と、僕。

 そのまま無言であった。僕は、コンビニを探していた。子どもたちが風呂上りのアイスを食べたいと言っていて、途中コンビニによる約束だった。

 しばらく走っていると、対向車線に軽自動車が停止していた。右折しようとしているのだろう。僕が通過するのを待っている。

 僕が通り抜けようとしたとき、センターラインを飛び出して、なぜか突然僕の前にその車が出てきた。僕には、そう、見えた。

 「え?」

 「危ない!」と、ピパ子氏。ここからは、無音のスローモーションである。

 手足が、勝手に動いていた。ハンドルを切ると同時にフルブレーキ。しかし、空しくも衝撃が車に走った。バモスの右前が当たった。

 ただし、予想以上に軽いものだった。段ボール箱を踏みつぶしたような、スボッという感覚。

 バモスは軽自動車に当たり、予想以上に軽い衝撃を伴ってやや左にそれるも突き抜けるようにしてそのまま走行。今度は左側の歩道のブロックに乗り上げそうになったので、ハンドルを右に修正。右前輪鈍い抵抗を感じるも、バモスは普通に操作できた。歩道の切れ目に停止させた。

 「K、カス子、大丈夫?!」

 ピパ子氏の声が、僕の中の静寂を破壊した。

 「大丈夫」

 2人が声を揃えて答える。

 降りようとしたが、運転席側のドアが少ししか開かない。後方はすでにわずかな渋滞ができていた。

 カメラを持って助手席側から降り、状況をいろいろな方向から撮影した。

 軽自動車が僕の前に出てきたのは、後ろから別の乗用車の追突を受けたためだった。追突した乗用車は反対側の路肩に飛び出し、横断歩道の標識とカーブミラーをなぎ倒して停止していた。車体の右前がえぐれてなくなっているような状態だった。いわゆる衝突安全ボディーが衝撃を吸収した証左である。

 軽自動車からしてみれば、後ろから追突され、飛び出したところを今度は前から僕のバモスとオフセット衝突したことになる。

 軽自動車がセンターラインを超え、完全に対向車線、すなわち僕の走っている車線に飛び出している様子が、さまざまな方向からカメラに記録された。

 

DSC03105_.jpg 軽自動車が道路の真ん中にいるので、他車の走行を妨げない位置にどかした。驚くべきことにその程度の自走は可能であった。後で見させてもらったのだが、バンパー、フェンダー、ライトなどは大破していたものの、サスペンションなどはぱっと見、損傷は見られなかった。

 僕のバモスも同様。フェンダー内に張りめぐらされている泥除けがタイヤに干渉していたものの、車を安全な場所に移動するには支障のない状態だった。僕は、バモスを更に安全な場所に移動させた。

 警察を呼ぶが、相当待たされた。Kとカス子氏は最初遊んでいたが、最後には疲れてしまっていた。近所の人がイスを出してくれてそこに座り込んでいた。

 軽自動車に乗っていたのは我々と同じくらいの女性。子供を2人乗せていた。

 急を要するけが人はない。ただ、この軽自動車の男の子がチャイルドシートのヘッドサポートに頭をぶつけたとのこと。警察は人身事故として扱ったが、ひとまずこの場で救急車を呼ぶようなことはなかった。

 後ろから追突した乗用車はドライバー一人のみ。もう最初から自分の不注意を認めるスタンスであったため、要らぬモメゴトに発展することもなかった。

 現場検証の様子、保険屋とのやりとり、車の修理などについてはこれから別途書こう。まだ、どうなるか分からないことも多々ある。

 昨夜、めったにない経験をしたので、ゲリキャン白書は中断してそのことを書きたい。

 昨夜、寝たのは12時過ぎだった。帰宅したのは11時過ぎていて、その前の日も遅かったのでヤバイのでシャワーだけ浴びて即寝た。食事は、会社の近くで済ませていた。これも機会があったら別途書くけど、最近、就寝直前の食事はやめている。

 そして。

 「それ」は起こった。

 夜中、自分の身体が「おかしい」ことに気づいてなのか、起きたら「そう」だったのか。とにかくいったん寝入ったのだが意識が戻される羽目になった。

 僕の上に人が乗っている、のである。

 それも、4、5人はいる。

 ただ、乗っているだけじゃない。僕を押さえつけている。

 こういうのをオカルトと呼ぶのかどうかよく知らないままに、ここではそう呼ぶことにするが、僕にはそう言う趣味はない。なので、そう言うことに対してはまず否定的になる。しかし、確実に人だ。両手首を完全に「握られて」いる。僕の足には、「そいつら」の足が絡みついている。確実にそう言う「感覚」がある。

 たぶん、谷亮子に縦四方固めとかされたらこんな感じなんだろう。まったく動けない。力も入らない。しかし、明らかに人の足が絡まっている感覚だ。

なんだ、この家、何か「いる」のかぁ?

 意外と冷静だった。

 今から振り返ると眼は開けていなかったように思えるが、その時は隣で寝ているKとカス子氏とピパ子氏が見えていた。或いは心の目で見ていただけかもしれぬ。とにかく、見えた。みんな何食わぬ様子で寝ていた。それが、パニックにならずに済んだのだと思う。意外と冷静だった。

 そんなはずはない。絶対に動くはず。どこか、動かせるところを探すんだ。

 今から振り返ると、寝ていたのかもしれない。つまり夢の中ということになるのだが、意志はあった。

 僕は、夢の中でも意外と「自分」があって、やりたいと思うことがコントロールできるケースが多い。これは夢だ。だから起きよう。と思って起きることもできる。

 寝ているかどうかも判然としないが、とにかく動かせる場所を探した。しかし、ダメだ。他人の身体みたいだ。ただ、冷静になってみても、手首に感じるのは人が握りしめている感覚であることは間違いない。身体にも何人もの体重がかかり、足にもまだ誰かが絡みついていた。

 これは本当にすごい。冷静に何度も間違いないか確認しても、確実にそうだからである。こんなことは今までに一度もない。

 しかし、こんなこと、あるわけがない。絶対に、ない!

 ようやく動く場所を見つけた。顔だ。顔を逆向きにすることができた。反対は壁だ。折り重なる人影でも映っていたら失神するかもしれないとも思ったが、そう言うことはなかった。

 手が少し言うことを聞くようになった。すると、手首を押さえつけていた「力」が徐々に抜け、やがて自分のコントロール下に帰って来た。足も、ようやく動き始めた。上に乗っている「人」が、一人、また一人と減っていくようだった。それまで人の足が絡まっているような感覚は消え、正座した後のような足のしびれに変わっていた。自分のものでないような感覚はあったが、さっきのように人に押さえつけられているというものではなくなっていた。

 そして、自由が訪れた。僕の四肢は全て、持ち主である僕に返還された。

 直ぐに見たのは携帯だった。理由は分からないがとにかく時間を知りたかった。12時28分。寝始めてから20分くらいしか経っていない。

 起き上った。誰もいない。廊下に出て明かりをつける。当然、誰もいない。確実に現実に戻った。

 冷静にさっきのことを振り返ってみる。

 そうすると、たぶん、寝入って間もないまだ眠りの浅い時で、おそらく意識より少しだけ体の方が先に寝てしまったのではないだろうか。脳は寝ている間も活動している。

 わずかに意識はあるが、体はそれを受け付けてくれないのでまるで誰かに押さえつけられているように感じたのだろう。良く、自分の腕を体で踏んづけて寝てしまうと、後で指先が他人のものになったような感覚になるが、あの感覚に極めて近い。

 しかし、僕はそう言うのをを絶対に信じないという強い信念があったのにこうだから、信じている人は確実に「霊」だと思ったと思う。そのくらいリアルに「人」だった。そんなはずはないと思って再度意識を集中させても、「人」だった。

 これは本当にどう説明したらいいのか分からないが、脳は結構勝手で、理由の分からないものを自分の経験で納得するように事実を捻じ曲げてしまうことがあるのだという。この辺の話は、池谷裕二・糸井重里の「海馬」あたりを読むと詳しく書いてあるので、専門家の裏付けが欲しい人は参照するとよいだろう。

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

 それに倣えば、何だ理解できない重みを、「人に捕まえられている」と処理してつじつまを合わせようとした結果なのかもしれない。

 その後、またなるのではないか、という恐怖を感じることはなかった。自分の中で、正体のつじつまが合ったからだと思う。それはやはり、脳の仕業であって、決して僕の上に「誰か」が乗っていたわけではないからである。

 たぶん...。

 

 順調な滑り出しを見せた2011冬ゲリキャン。ゲリキャンとは、地元悪友との毎年恒例の怪しい酒飲みの会合である。果たしてどうなるのか。 →詳しくは(1)参照。

準備

 今年からの新しい試みとして、管理棟内にある調理室を借りたのは(1)で述べた通りである。幸い、前に使っている人がいなかったので前倒しで使えることとなった。

 食材を持ち込み、食器類を借りる。テレビ屋Tと悪友Nが食材を切り始めた。

 

DSC02723_.jpg 「じゃぁ、俺たちは今後の予定について奥様たちと打ち合わせてくるから」

 うるふはそう言うと、悪友Zと共に調理室を出た。

 くつろぎの郷を借りると、利用人数分の入浴券が出る。併設される温泉施設「峠の湯」で使える。今回は21時で調理室の利用ができなくなるので、それまでに終わらせないといけない。どのタイミングで温泉に行かせるか、このあたりは男共の勝手な行動は許されない。家族会議で決定する必要があるのだ。

 テレビ屋T、悪友Nもそのことをよく理解していた。「奥様たちと打ち合わせ」という言葉で、2人はすべてを理解した。

 

悪行

 「飲むぞ」
 うるふはコテージを睨み据えた。

 「ま、役割分担が大事ですな。クックック...」
 と、悪友Z。ゲリキャン開始前までの準備を行ってきたのはうるふ、悪友Z。だから当日の準備は残る2名に任せてもやむなし、どうせ包丁も人数分はない。「役割分担」とはそういう意味である。もちろん、詭弁である。

 恣意的に、悪友Zとうるふのコテージは同じ棟になっていた。蹴破るようにコテージの扉を開けるや、「やるよ!」と、高らかな雄叫びを上げた。鬨の声と言っても良い。

 悪友Zがみんなのために持ってきたスパークリングを開ける。このスパークリングワインは本来の利用目的とは違う使い方をされようとしていた。

 「いいの?!」

 ピパ子氏も悪友Zの奥様もそうは言いながらも盃を受ける。同罪だ。奥様を同罪に巻き込む。これは悪友Z流の緻密な計算だ。我々だけでは発覚した際、ものの見事に蹂躙されるが、奥様を味方につければ相手もそうは簡単に手を出せない。

 しかも、あろうことか悪友Zの奥様は暖炉に火を入れたいと言ってきた。

 

ゲリキャンと火

 ゲリキャンと火。これほどまでに素晴らしいマリアージュがあるだろうか。今まで、冬ゲリキャンではやけどの恐れがあるという理由で暖炉に火を入れることは避けてきた。しかし、今年は管理棟で食事をするわけだし、子供もそれなりに言えば分かる年齢になってきた。

「やろう、やるぞ!」

 良いテンションになって来た。まさに「悪友」を名乗るに相応しい悪行の数々。1500円で管理棟で薪を購入し、さっそく火を入れる。

「点火~!」

 これだ。この声だ。この、脳味噌がとろけてハナから漏れ出ているかのようなバカ声が、ゲリキャンのスタートには必要なのである。必要とされていることを行った。それを以ってこの行為を大義名分化しようと、各々の脳の中で努めていた。

 しかし、悪事は必ず裁かれる運命にある。

 

DSC02702_.jpg「ぬをっ!」
「不完全燃焼か?!」
「目が...!」

 暖炉の扉を開けると、一瞬にして室内が白煙に包まれたのである。酸素を得た炎が再び燃え上がる。激しい目と肺の痛みが4人を襲う。

 どうやら、煙突側の扉が閉まっていたようである。心に負い目があるせいか、落ち着いて説明を読まずに始めたのが原因である。全ての窓を開け放ち、タオルなどで強制的に扇ぎ出してようやく治まってきた。そしてそこへ二の矢が飛んで来る。

 「...何やってんの?」

 さっきまで食材を準備していた悪友Nが余りに来るのが遅いので見に来たのである。すでに各人2~3杯目で、ワインは2本目に入っていた。奥様方まで巻き込んでの堂々とした悪事に、悪友Nは笑うしかなかったが、その眼は怒りに満ちていたと、後のピパ子氏は回想している。

 -「奥様たちと打ち合わせ」の一言で、すべてを理解した-
 その以心伝心をこのような形で踏みにじるとは、親しき悪友の中には礼儀なし、である。はたまた、これからは何が起こるか分からない時代なのだということを象徴的に示した行為なのか。

 「まー、まー、とりあえず、飲もうか!な?な?」と、悪友Z。ミイラ取りをミイラにする作戦だ。そこへ遅れて到着したダム屋KKも入ってくる。出てきた言葉はいみじくも同様、「何やってんの?」であった。

 「早く、風呂行こうよ」
 「風呂か。そうだな、今話し合ってそう決まったところだ。ヨシ、行こう。時間がなくなるとヤバイからな」

 悪友Zは取り繕うようにそう言うと、酒宴を切り上げ、一行は峠の湯に向かった。

 -つづく-

 「あ、そうだ、またコテージとるの忘れた」
 「くそ、またメール出すの忘れたよ」
 決して忘れてたわけではない、と、言いたい。しかし、実際問題、瞬間的には忘れている。それが悔しい。
 2011年冬ゲリキャン。やらねばならないと思いつつ、思い出すのはいつも、それができないときであるのが恨めしい。自分自身への苛立ちだけでない。焦燥感も募る。
 このままじゃ、コテージが確保できなくなるぞ...。
 毎年恒例のゲリキャンが、宿を取れないなどという情けない理由で、実行不可能になったら、償いきれない。歴史は途切れさせたら、1からやり直しになるのみ。つなぐしかないのである。分かっている。わかってはいるが、それができぬ。平日は仕事で、会社に行けば一気呵成に業務は始まる。他のことを考える余裕はない。気づけばもう、7時8時だ。平日9時~17時に予約を取ることがなかなかに難しい。
 休日も然り、朝からKの少年サッカーであったり、自分のサッカーであったり。片や家事であったり、買い物であったり。やることはいくらでもあるのだった。
 しかしながら、これではどうしようもないので、ある日、うるふは夜の21時過ぎというかなり非常識な時間帯にコテージに連絡した。もう、思いついた時にやるしかない。群馬県松井田町、くつろぎの郷。かろうじて、8人用コテージ1棟、6人用コテージ1棟、および今年は新しい試みとして、調理室を4時間借りた。
 肩の荷が一つ下りた。
 「これで、最悪の事態は脱した...」
 うるふは、ほとんどそのまま布団に直行した。このあとの記憶は、あまり残っていないという。
 
新しい試み
 各メンバーの子供の成長につれ、8人用コテージに一堂に会しての食事が困難になってきた。この問題は実は3~4年前から見えていたのだが、今になるまで解決策が見いだせないでいた。
 うるふは180SXに乗りたいという欲求を、次期冬ゲリキャン開催場所を探すという大義名分でピパ子氏が拒絶反応を示さない程度まで希釈して、埼玉、群馬、栃木から、茨城、長野、東京、山梨までその探索範囲を広げた。
 しかしながら、やはり2人の子育てをしながらの調査は、単に点の探索の連続でしかなく、網羅的なものとはなり得なかった。
 ただ、夏ゲリキャン用として、武尊高原牧場キャンプ場などの副産物の収穫はあった。ここでは過去実際に夏ゲリキャンが執り行われている。
 2011年。岩手から来るダム屋KKの長女、ダム屋KK娘。はすでに6年生になっている。もはやもう限界である。新たな場所の確定が、喫緊の課題となっていた。
 この多忙な時にもかかわらず、うるふと悪友Zは数回東京で怪しい会合を持っていたのは、賞賛すべき行動である。家庭を持つ男にとって、早く帰宅しないのは、家内円満の切り売りにすぎない。
 そんな中、悪友Zが携えてきた妙案は、我々にとって大きな期待となった。それは、くつろぎの郷にある調理室を追加で借りてしまおうというものだ。通常そば打ち体験などで使っている施設で、アイランド型のキッチン2つと、壁面のキッチン1つがある。隣には16人収容可能な試食室も用意されており、4時間で5000円というものだった。
 -灯台下暗し- うるふは違う所を探すということしか頭になかった。無論、180SXに乗って新しいところを旅したいという欲求が邪魔をしていたことは間違いないが、それにしても、こんな施設があったということを認識していたであろうか。この施設は我々が利用を始めた時から管理棟にあり、毎年そこから各棟の食器を持って行っていたので、確実にその施設の存在は知っていた。しかし、そこを借りるという頭は全くなかった。
 DSC02726_.jpg
 かくして、2011年、12月30日を迎えた。遅れると思われた悪友Zは結果的にチェックイン時間前に到着し、同じくダム屋KKも9時半に出発したのでいつになるか分からないとのメールを送っていたが、北関東自動車道開通の恩恵を受け、16時ころには到着した。
 前に借りている利用者がいなかったために、15時から使えるという恩恵にもあずかれた。2011年冬ゲリキャン、怪しい面々は無事集結し、順調な滑り出しである。
 -つづく-

 またこの日がやってきた。

 地元悪友による、怪しい会合。ゲリキャン。

 そうは言っても、いまや皆家族子持ちとなり、完全に毒を抜かれた格好となってはいるが、その心の奥には今なお隠し持っている怪しいマインドが見え隠れする。

 今年は、僕が多忙だったために連絡もまともにしなかったが、それでも冬ゲリは12月30日、31日と決まっているので、まぁ何とかなった。会場も例年の場所をおさえることができた。

 しかしながら今年からは180SXで行くこともかなわなくなってしまったようだ。ピパ子氏はバモスで行くと言っている。1月3日はフリーなんだから(ピパ子氏が子供をつれて実家に帰るので)その日に勝手にやりなさい、とのこと。早朝の碓氷峠攻め納めもできなくなってしまったのか...。

 目下の楽しみは、子供を寝かしつけた後の悪友たちとの飲みだが、最近は子供を寝かしつけると同時に自分も翌朝まで意識不明になってしまう輩も出る始末。みんな歳をとりましたな。

 となると、早朝のサッカー「朝練」かな。Kもそこそこサッカーらしいことができるようになってきたし。

 って、こういうことを書き始めると、過去のエッセイなんかも早いところこっちのサイトに持ってこないといけないって思う。「ゲリキャン白書」とか、古いサイトにリンクはってもしょうがないもんね。

 話をもどそう。

 そんなわけで、これから準備して出発となる。地元悪友のテレビ屋Tと一緒に食材を買って、関越に乗って行く。もう、波瀾万丈の大事件の連発とはなるまいが、地元悪友と会えるこうした機会が定期的に持てるのは幸せなのである。

 先日Twitterにも書いたのだが、電車の中などでは多くの人がイヤホンで音楽を聴いているが、僕は、音楽を聴くという生活スタイルではない。

 家には音楽を再生できる機器はない。ま、携帯くらいである。携帯に音楽は入っているが、聞くことはあまりない。第一、イヤホンを持ち歩いていない。絡まったイヤホンをほどいている姿が何ともスマートではない。イヤホンをしているとき、襟にコードが引っ掛かって、耳からイヤホンがポロリと外れたりするとイライラする。

 そう言えばソニーのノイズキャンセル機能付きのイヤホンを買ったが、結局今は使っていない。そのような問題を解決するのは、Bluetoothのヘッドホンにするしかないだろう。

 しかし、音楽を聴く生活、というのには実は憧れるのもまた、事実だ。音楽を聴くという余裕というか、そう言う時間の過ごし方が豊かな感じがする。前述のソニーのイヤホンを買ったのも、そういうことに憧れてのことである。しかし、潰えた。

 なので、今日はウィスキーでも傾けながら、音楽でも聴きたいな、と思う瞬間はある。そういう時は、得てして突然やってくる。その時、適切な音源がない。いつも聴いていれば、そう言うのにも困らないのだろうが。

 で、である。そんな迷える僕にぴったりのCDを、先日書店で見つけた。

 「CDなのに、書店?」

 と、お思いの方もあろう。実は、書籍なのだが、8cmのCDが付いているのである。その名も「心を癒すクラシック音楽【CD-ROM付き】」。アマゾンなどでタイトルだけ表示されたとしても、CDが付いていることを明確に伝えたいから敢えてタイトルに「CD-ROM付き」としたのであろう。

心を癒すクラシックの名曲【CD-ROM付き】 (ソフトバンク新書)

 僕は、聞きたい音楽としてジャンルはあまり限定しないが、クラシックもまた、好きである。先ほど述べたような、ウィスキーを傾けながら...というシチュエーションに、クラシック以上に適したジャンルはない(私見)。

 また、「教養」という意味でも、クラシックをかじっているのはいいことだと思う。バカみたく詳しくなくていい(そんなのムリだ)。「へー、この人そんなこと知ってるんだ」と思われるだけで十分だ。自分に興味を持ってもらう、これはすごく大事なことであると思う。

 この本に付属のCDには、気軽に聴けるよう3~5分にアレンジされた、リラクゼーションへと導いてくれる音楽が90曲と、気分が高揚する「勝負」曲11曲の、計101曲がMP3で収録されている。

 どれも、どこかで聞いたことのある親しみのあるフレーズで、それが、お風呂で聴きたい、週末に聴きたい、昼休みにリフレッシュしたいなどの多忙なビジネスマンがほっと一息つきたくなるような8つのシチュエーションと、番外編として先ほどの「勝負」曲の全9つに分類されている。

 このカテゴリ分けが、多忙な毎日を送り、自分自身のリセット法を探している僕にとって、絶妙に刺さった。値段も見ないでレジに持ち込んだが、850円だと言われて、その安さにまた驚いた。

 本誌の内容は、どういう理由でその曲がここに選ばれたのかなどが極めて平易に書かれている。難しい話やうんちくは最小限に抑えられている。

 専門家になるわけじゃないんだから、ビジネスの教養として蓄積するのはこの程度が丁度良い。これ以上いろいろ知ってしまうと、例えばクラシックに詳しい人と会ったときに、釈迦に説法してしまったり、聞こうという姿勢をとるのに影響が出てしまう。そう言う人から実のある話をしてもらうだけの、きっかけ作りと、この人なら話しても分かりそうだ、と思ってもらえればそれでいいのである。

 ちなみに僕としては、勝負曲にドヴォルザークの第9番「新世界より」第4楽章が入っていてほしかった。クラシックの中で勝負曲と言えば僕はこれである。

 そんなわけで、僕は、自分が今リラックスしたい!というシチュエーションに合わせ、音楽のプロが推してくれる曲を聴ける環境を得た。果たして、無音楽生活に終止符を打つことができるのであろうか。このあとの経過を楽しみにしておいてほしい。

 日曜日は試合だった。人数が少なかったので、僕も40分ハーフの試合のうち、スタメン~後半20分まで出場した。

 久しぶりの試合だったんだけど。

 Kのサッカーの関係で、3週連続で休んだし、その前はろっ骨にひびが入っていた(医者に行っていないので自己判断)ので試合には出なかったということもあり、結局2ヶ月弱ぶりってところ、ってのもあったと思う。

 試合があったのは日曜日(11日)だったのだが、その前の金曜日、試合に備えてというか、単に寒いからというか、最寄駅から自宅まで、少し早目の速度で走って帰った。距離にして約1km。

 そしたら、その晩。足がつった。深夜2時ころだったと思う。20分くらい痛みは続いた。右のふくらはぎだったのだが、その後も違和感は残り、日曜日の試合当日も引くことはなかった。試合中もつるんじゃないかと不安に思った。

 そんなことを同じチームに所属する地元悪友Zに話すと、「うるふ、相当体に来てるな」と言われた。

 うーん、悔しい。しかし、その通りなので言い返す言葉もない。そしてそのまま試合に入った。

 まず思ったのが、目が相当悪くなっている。ボールが見えない。暫くしてから、ボールが実はこっちに向かって来ていたことに気づく、みたいなことはしょっちゅう。なんとヘディングまで空振りした。

 味方もだれだか分らない。ユニフォームの色で敵味方は分かるものの、味方の誰なのかは背番号も含めて判別できないまま試合を続行。

 筋力の低下は著しい。スローインも飛ばない、キックも同様。

 走りで勝負する場面はこの日はなかったが、あれば体力の低下をより分かりやすく思い知らされることになったに違いない。まだ38でっせ。

 自分の周りには50過ぎてもシニアに移らず、一般のカテゴリで頑張っている人がたくさんいた。自分もそうなりたいと思っていたし、今でもそう思っている。できればKと一緒にプレーして終わりたい。

 Kが大学になるまであと10年。あと10年はここでやりたい。いや、10年でKが来るわけだから、そのあと数年はやらねば。果たしてそんなことができるのだろうか。

 とにかく鍛えてもつかないくせに鍛えないと見る見る落ちる。

 試合中、膝と腰のダイレクト感は時間を追うごとに増していく。腰がゴリゴリ言う。足を着く度、膝が内側に回転しようとするのを感じる。筋肉が疲労し、衝撃を和らげる力を残していない証拠だ。だから、衝撃がダイレクトに軟骨や骨に当たる、適正な可動範囲を越えようとしている。

 車でいえばゴムブッシュがヘタりきってアーム同士がぶつかっているような状態。壊れるのは時間の問題だ。

 幸い、そうなる前に交代となった。心肺機能はまだ余裕がある。走るプレーを避けていたというのはあるにせよ。筋力が足りない。

 最近、こんな話ばかりしているけれど、今、とにかく色々なことと闘っているということは書き残せていると思う。じゃぁ、鍛えれば良いって、そう単純なものでもなくて、これもあちこち書いているけど、とにかく忙しくてそういう時間はない。体調を崩さないように、少しでも睡眠時間をとりたい、でも、仕事のため、自分のためにやりたいことはいくらでもある。そういう中で、体力の維持というのはなかなか実行に移されないのが現実だ。

 通勤をスポーツにするのが、最も現実的な方法だろう。この冬の時期だからこそできる方法である。

ともかくカッコイイ写真が撮りたい!

 ...というわけで、今日帰ってからは写真撮影の方法のお勉強です。

 このタイトルと全く同じ、「ともかく、かっこいい写真が撮りたい!」わけなのである。

 最近、その思いが再び僕の悩みの中で版図をすごい勢いで広げつつある。

 なぜか。

 また仕事の話になるのだが、仕事で自分の会社の商品を撮影することがあるわけなのである。まぁ、提案書や企画書を作る仕事をしているわけなのだが、専門部署が撮った写真がなかったり、あっても求めるシチュエーションの写真がなかったりすると、自分で撮ることになる。

 僕は、常にNEX-5を持ち歩いているので、もちろんそれを使って撮るのだが、いざ、パソコンに転送してみると、ダメだねぇ。まぁ、僕の技術もないんだろうけど、標準の16mm単焦点レンズじゃ話にならない。室内で撮ったやつはほとんどピンボケ。理由は不明。だから最近は重くてもニコンのレンズを付けて行っている。テクニックがないから、機材でカバー、というわけだ。

 なので、もう少しまともな写真が撮りたい!ってことで、読んでみる。飯食いながら読んで、風呂入りながら読んで。ページをめくるたびにかっこいい写真の数々。すごいなぁ。

 表紙にはこう書いてある。

 「思ったとおりの写真を撮れるようになる!!」

 ていうか、思わねぇし。

 思わねぇんだから、撮れねぇよな。まずそこからダメ。

 一つの景色を見て、ここはこういう風に撮りたい、つまり、「ゴール」である。車でいえば、ラインだよ。ここを走ろうというラインを描いていない。

 「ゴール」を描けないんだから、ただまぁ、カメラ向けてシャッター押すだけになるわな。車でいえば漫然と走ってるだけよ。「ゴール」がないんだから、うまく撮れても気持ち良くないし、違うにしても何が違うか評価のしようがない。

 描くためにはどうするか。

 良い写真を見るしかないんだろうな。この風景だったら、あの時見た、あの写真みたく撮りたい!って「ゴール」が描けるようになるまで。

 道のりは長そうだ。

体中がカユい...

| コメント(0) | トラックバック(0)

 今年もまた、である。

 これで4~5年目ではないかと思う。突如始まった冬のかゆみも恒例となった。最初の数年は医者の世話になったが、医者嫌いの僕はこれもまた医者に行かない方法を見出し、その方法を確立させつつある。

 歳と共に体質が変わっているのだろう。今までも、蕁麻疹の要素は持っていた。若いころも時々「発作」をおこしたものだったが、単発的なものだった。しかし、今となってはこの時期恒例である。

 なぜ、冬なのか。何がきっかけなのか、それは分からないが、おそらく冬の肌の乾燥であろう。夏に発生することもあるが、それはやはり単発に終わる。

 常態的に発生しているのは、やはり冬だ。

 パンツのゴムや服が擦れる場所などを中心に、蚊に刺されたのと全く同じような局所的な腫れがボコッとできる。目視で見てみると、その周囲にもボコボコ出来ている。靴下のゴム部分もそう。足一周、ボコボコになっている。

 肌が乾燥し、かゆみが起きやすい環境にあることも起因しているのだろう。そういう個所を無意識のうちに掻くと、そこからかゆみ成分が体内に充満する。忘れたが、たしかヒスタミンだったと思う。それが体中に回り、かゆいのでまた掻く、そしてヒスタミンが増殖し...。核分裂的にかゆみは増していく。

 にわか知識だから当たってはいないが、大外れでもないと思う。

 とにかく、経験的にはそうであることに間違いはない。

 掻くと瞬間的に強烈な快感を味わう。手が勝手に動く。それはまた新たな快感を生み出す。やがて、前後不覚に掻いてしまう。やがてかゆみが全身に及び、2本の手では処理しきれなくなって我に返る。掻いた場所は血がにじんでヒリヒリする。しかしそれ以上に、走り回り、絶叫するほどの痒みで気が狂いそうになる。

 この状態を僕は「爆発」と呼んでいる。自らの力ではどうにもならない。麻薬みたいなもんだ。最初数年は、毎回この状態にしてしまい、医者の世話になった。アレロックやアレグラといった薬を処方され、これに頼ることになる。しかしまぁ、これは効く。

 名前からしてアレルギーの薬なので、花粉症にも効くような気がする。この薬を飲んでいるときは花が楽になることも経験的に実感済みだ。冬にもらったこの薬を、温存しておいて、花粉症の時に飲んだこともあった。

 話を、元に戻す。

 薬の力を借りずに済ますには、かゆいのを少し我慢し、ヒスタミンが収まるのを待てば、かゆみはなくなる。僕の経験だと、数分我慢すれば気にならない程度になるケースが多い。あの強烈な快感には手を出さず、かゆみをじっと我慢する。

 この克己心に我ながら少々惚れ惚れしたりする。バカだねぇ。書いててホント、バカだと思う。でも、バカは僕にとって、最高の褒め言葉なのである。

 なので、とにかく掻き過ぎないこと。

 適当にちょっとだけ掻いて、あとは放っておく。そのうち忘れてしまう。また、ふとした瞬間に再びかゆみは襲ってくるが、軽く走ったり、他の人と話をしたり別のことに意識を行かせて忘れさせる。「爆発」さえさせなければなんとか切り抜けられる。

 かゆみの原因は、ストレスもあるようだ。昨日の話にもつながってくると思うが。

 今日は、早く寝よう。と言っても、もうすぐ日付が変わるけど。

2018年8月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

アーカイブ

アイテム

  • today180_20180815.JPG
  • today180_20180718.jpg
  • IMG_20180617_130555_186.jpg
  • today180_20280527.jpg
  • DSC06037.JPG
  • today180_20180407_return-elise.JPG
  • today180_20180310_02.JPG
  • today180_20180310_01.JPG
  • today180_20180225_01.jpg
  • today180_20180225_02.jpg

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.12